7話 限界を迎える



 ある日の夜、俺は自室のベッドで横になっていた。


「…………」


 夕月が義妹となって10日。

 この刺激的な生活が長く続いたことで、俺は一つの、問題を抱えていた。


 体が、というか股間が熱い。むずむずして仕方ない。


 そう、溜まっているのだ。

 ストレスじゃなくて、まあ、あれがだ。


 俺はあまり自分で自分を慰める回数は少ない方だった。


 週に2、3回するくらいか。


 だが……俺はもう、10日も我慢している。

 10日もだ。普通なら暴発してもおかしくないレベルで、俺は自分で出していない。


 それはなぜか?

 義妹と同居しているから……なんて、生易しい理由ではない。


「亮太くん♡」


 ……パジャマ姿の夕月が、部屋に入ってきたのだ。


 清楚な水色の、薄手のパジャマを着ている。

 月明かりに照らされて、その大きな胸と、くびれた腰、そしてむちっとした太ももに目が釘付けになる。


 こくん、と生唾を飲む。

 ……末期だ。パジャマ姿に、何を興奮しているんだ。


「今日も一緒に寝ましょう♡」

「……おまえ、自分の部屋で寝ろって言ってるだろ」

「だって一人はさみしいんですもの♡」


 くすくす、と夕月が笑う。

 ……そう、この女、ここへ引っ越してきてからずっと、俺のベッドに忍び込んでくるのだ。


 もちろん、俺は抵抗した。

 部屋の鍵をきちんとしめた。

 だが風呂場同様に、こいつは勝手に鍵を空けて部屋に忍び込んでくるのだ。


 俺が別の場所へ行こうと、くっついてくる。

 まるで獲物をとらえた肉食獣のように、付きまとってくる。


 俺はあきらめて自分のベッドで寝ているし、夕月が忍び込んでくるのも、あきらめている。


「さ、寝ましょう♡ 明日も早いですから……ね♡」

「……ああ」


 夕月が俺の隣までやってくると、ベッドにあおむけになって寝る。

 俺は彼女から距離を取って並んで横になる。


「おやすみ、亮太くん♡」


 ……この女のいやらしいところは、横で寝ているだけで、一切何もしてこないところだ。


 風呂場ではあんなに積極的に触れてくるのに、いざこうして、ベッドで寝るときに、夕月は何もしてこない。


 くっつくことも、いやらしいセリフで欲情をかりたてることもしない。


 ただ、そばで、寝ているだけ。

 ……最初は夕月の狙いがわからなかった。


 だが、10日経った今ならわかる。

 妹は、俺が一人で隠れて、しないように、見張っているのだ。


「……すぅ、……すぅ、……んぅ」


 さすがに女子が隣で寝ているなか、ズボンを下して、自分を慰めることなどできない。


 俺は強制的に禁欲生活を強いられている。

 風呂場で、たっぷりと俺を誘惑し、ベッドでは、あえて何もせずにいる。


 ……何かしてくるのではないか、と期待させて、何もしない。

 それどころか、無防備なエロをさらすことで、俺の精神にダメージを与える。

 

「…………」


 眠る夕月の体を、みやる。

 呼吸するたびに、ぷるぷると、柔らかそうに揺れる乳房。

 つややかな唇。


 そして、南国の花のように、むせかえるような、甘い匂い。


 ……なにより厄介なのは、この子が元カノと同じものをたくさん持っていることだ。


 体も、顔も、声も、においも……。

 胸の形も、体つきも、何もかもが……。


 俺の愛した女と同じなのである。

 それでいて、カノジョじゃ決して見せないようなしぐさ、態度をしてくる。


 ……正直、俺は夕月をみしろと見間違えることが多くなってきた。

 今日なんて、思わず夕月をみしろ、と呼ぶところだった。


 こいつは、わざとやってる。

 俺を亮太くんと呼び、まるで恋人みたいに、積極的に、情熱的に誘ってくる。


 ……みしろの声で愛をささやき、みしろの体で、こうして、無防備さを装い、俺を誘っている。


 ……夕月が義妹じゃなかったら、わざとやっているって自覚してなかったら、俺はもう襲ってしまっていたかもしれない。


「……限界、だ」


 俺はベッドから立ち上がる。

 そのまま、そろりと音を立てずに部屋を出た。


 俺はそそくさと後始末を終えて部屋に戻る。

 彼女はまだ眠っていた。


 横を向いて寝息を立てている彼女。


 ……いや、待て。

 俺はどうして、またこの部屋に戻ってきたんだ?

 相手が寝ているのならソファで寝ればいいじゃないか。


 ……いや、そうだ。

 ソファだと寝にくいから、そうだ。そういうことなんだ。


 俺は眠る夕月の隣に、体を寝かせる。

 ああ、なんか……どっと疲れた……。


「……亮太くん♡」


 むぎゅっ、と後ろから、誰かがハグしてきた。


「! ゆ、夕月……!」


 振り返るとそこには夕月がいて、にぃ……と目と口元を、まるで三日月のように細くしていた。


「すんすん……♡ はぁ~…………♡」


 夕月が俺のうなじに鼻をつけて呼吸を繰り返す。


「したんでしょ」

「!? お、おまえ……気づいて……」


 寝てると思って抜け出したのに、この女、起きてやがったんだ!


「ふふ、スリルあっていいね♡」


「し、らねえよ……」


 夕月はすりすり、と俺の体を撫でる。

 ぞくっ、と背筋に快感が走る。


「でもね亮太くん……もっときもちいこと、しない?」


「ば、ばか! できるわけねえだろ!」


 俺は立ち上がって、ベッドから降りる。

 危ないとこだった、俺は、彼女にからめとられるところだった。


「くす……♡ 兄さんは、何を想像しちゃったのかな?」


 夕月は唇を舌でなめる


「ね、亮太くん? 躊躇わなくていいんだよ?」


 夕月が天使のような笑みを浮かべる。

 ……ああ、だから、みしろと同じ顔で、彼女がするような笑顔を、俺に向けてこないでくれ。


「私が勝手に誘ってるだけだもの♡」


 ねえ、と夕月がささやく。


「ほしいなぁ、ねえ、しよ?」


「できる、わけねえだろ……」


「どうして? 何を気にしてるの?」


 夕月が立ち上がって、くすくす笑いながら近づいてくる。

 食われる……。


 本能的にそう悟った。

 逃げろ、と頭が命令を出すが、しかし、体は固く、動かない。


 その間にも彼女が近づいてきて、俺と目と鼻の先までやってくる。


「姉さんを気にしてるの? それとも、私が妹だから?」


 ぐにぐに、と夕月が自分の乳房を俺の胸板にくっつけている。


 俺は、夢中になっている。


 俺の妹で、みしろの、妹で……。


「違うよ。ただの、女の子。亮太くんのこと大好きな、ただの女」


 ねえ、と彼女が天使の笑みを浮かべる。


「血のつながってない女の子に、エッチなことするのって、何か間違ってるの?」


 ……間違ってる?

 そうだよ、夕月は妹ではあっても、血のつながらない赤の他人なんだ。


 やっても、何も……いや、俺は何考えてるんだ?


「難しく考えないで? ね? 一緒に気持ちよくなろうよ」

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