第10話:お手上げだ
「――であるからして――」
数学の教師が熱を入れて教鞭をとる中、俺は窓の外を眺めていた。
早めに出てきた蝉の音がみんみんみんみんみんみんみん、ともはやゲシュタルト崩壊寸前だった。
俺もクラスメイトも、みな半袖になった制服を着ているのだが、気温三十度を記録する今日に限ってエアコンが故障してしまったのだ。
暑くて暑くて仕方がない。
机に汗水を垂らしながら、隣りの時雨を見る。
「……涼しげだよな……」
俺がおかしいのかというくらいに、平気な顔をした時雨がそこにいた。
真面目にノートを取り続けるその姿は、いっそ清々しさすらあった。
「よし、今日の授業はここまでとする。各自、復習を怠らないように」
そんな言葉と共に昼休みが迎えられる。
相変わらず、俺が話せるのは時雨だけだ。
最初の方こそ、俺から話しかける努力もしたのだが、噂が浸透するにつれ、積極的に仲間外れにされたからだ。
「夜宮」
「ん? どうしたんだ、時雨?」
見ると、目をつむりながらクルクルとペン回しをする時雨がいた。
「お前、全然授業に集中できてなかっただろう」
「それはそうだ。こんなに暑くちゃ頭がゆだる」
「……それだけじゃないだろう。おれはお前が別のことで悩んでいるように見えたんだ」
「俺って、そんなにわかりやすいのか……」
実は授業中に思考していたことは、暑いということだけではない。
それをあっさりと見抜く当たり、末恐ろしい。
「おれでよければ話を聞くぞ?」
「そうだな……。じゃあ、聞いてもらおうか」
俺と時雨は互いに菓子パンを頬張りながら話し始める。
「実は幼馴染と四月に再会したんだ。覚えてるか? 時雨が数週間だけ俺と父さんと過ごしたこと。その時に話しただろ、幼馴染がいたって」
「覚えているよ。その子と何かあったのか?」
海に行こうと言われた数週間後、その予行演習として水族館に行って大流行しているクレープも食べたいと言ってきたのだ。
自分でも甘いとは思うが、なし崩し的に受け入れてしまったまま、ここに至る。
「どうしよ……。今週末、予行演習なんてものに行くんだけどさ、どうすればいい?」
今までだって何回も近場に出かけたことはあるが、今回は少し遠出だ。
ここは時雨の力を借りたいと思った。
「どうすればいいって言われてもな。具体的に何をどうしたいんだ?」
「俺と距離を取らせたい。いくら何でも距離感が近すぎるし、今の俺は昔の俺じゃないんだ。もし、一緒にいるところをクラスメイトにでも見られてみろ。ただでさえ、敬遠されている俺が、余計に変な噂が立つだろ!?」
熱弁していたおかげで余計に汗が吹き出してくる。
そんな俺に時雨は未開封の天然水を手渡してくる。
本当に、どう成長すればこれほど他人に気を回せるようになるのか知りたいくらいだ。
水をガブガブと豪快に喉に流し込む。
「なるほど、な。言いたいことは理解した。だが、おれにはどうしようもないな。それとも、おれが直接会って説得してみようか?」
「それは勘弁だ。向こうは人と顔を合わせるのが苦手なんだよ」
「それなら、いよいよお手上げだ。でも、いいじゃないか。夜宮を真っすぐに見てくれる奴がおれ以外にもいて」
「そういうものか……?」
「そういうものだ」
スライム状に溶ける俺に、時雨は水で濡らしたタオルをそっと当ててくれるのだった。
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