悍ましき…

神木 信

第0話 2022年 6月3日 PM 16:09 死亡

2022年 6月3日 雨


「ここまで来れば大丈夫だろう…」


そう、自分に言い聞かせる。


俺は、地元の高崎を離れ、


渋谷へと逃げて来た。


何かに怯え、何かから逃げる様に。


場所なんて、どこでも良かった。


ただ、この現実から目を逸らして


この受け入れがたい事実から


逃げたかっただけ。


降りしきる雨の中、傘もささずに


人混みを掻き分ける様に渋谷の街を歩く。


人通りが少なくなり、不意に狭い路地へ入ると、


そこは、ビルのメンテナンスの為か、


それとも、建設中なのか、理由は解らないけれど、


作業をする為の足場が設けられていた。


俺の頭上からは、


作業員の声や、作業に使うであろう機械の音、


何かを叩いたりする様な金属音などが聞こえて来る。


少し先には、路地で立ち尽くしている女が見えた。


ここなら、煙草が吸えるだろうと思い、


ポケットから煙草を取り出し、口に咥えた。


俯いて煙草に火を付ける。


ほんの2~3秒の動作だ。


その瞬間に、少し離れている場所に居た女の姿が


いつの間にか消えていた。


建物にでも入ったのか?


いいや、そんな一瞬で入れる様な場所など


見当たらない。


その時、何とも言えない冷たくて、嫌な風が頬に伝わり


夏だと言うのに冬の様な


寒さを感じると同時に背筋が凍った。


何故か、背後が気になり、


振り返ると、先程は目の前に居て、


一瞬で姿を消した女が視界に映り込んだ。


その人物は、


夏だと言うのに、全身真っ赤なコートに、真っ赤なロングスカート。


しかも、真っ赤なコートに付属しているフードまで被っている。


得体の知れない女に恐怖を感じた。


女は、ゆっくりと被っているフードを外す。


不気味な笑みを浮かべた女に、


見覚えがある。


確か…


その瞬間、背後から肩を叩かれた。


更に恐怖する。


振り返った時には遅かった。


そこには…



「危ないっ!」


頭上からの声を聞き、我に返った。


鈍い音が響いた瞬間、


俺は、生温かい何かを感じ、


何が起きたのか、この現実を少しずつ理解した。


そして、あの女の事を思い出した。


遠ざかる意識の中、


悲鳴に紛れて嘲笑う声が聞こえて来た。


そして、


最期に、俺の視界に移り込んだのは………



2022年 6月3日 PM 16:09 死亡



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る