第23話 自分の価値は

 しばらくの放心状態を経てようやく屋上から校舎内に戻ったのは昼休みの終了を告げるチャイムを聞いてから。


 で、授業に遅刻した挙句、殺伐とした校内の雰囲気を察知した俺はあまりの気まずさから教室に踏み込む勇気すら持てず。


 早退した。


「あー、明日からどうしよう……」


 まず、自分の心配をした。

 こそっと校舎を出る時に感じた学校全体の異様な雰囲気の正体は、学校中の連中が俺と氷室先輩の関係を噂して殺気立っていたことによるものだろう。


 いや、ほんとここまで目立っちゃったら俺の正体がバレるのも時間の問題だ。

 嫌だよ、ほんと。

 いじめられるってのは、斬られる以上に辛い。

 心の傷までは、この不死の力も癒してはくれない。


 地元での散々な日々を振り返りながら落ち込む。

 石を投げられ、罵声を浴びせられ、白い目で見られるあの感じ。

 今も理由こそ違えど同じような状況になっちゃったから何とも言えないけど。

 でも、今はまだ妬まれてる分だけマシともいえるのかな。


「おーい、みっちー」


 肩を落としながら歩いていると、静かなエンジン音と共に聞きなれた声が後ろから追いかけてきた。

 振り返ると、いつもの高級車に乗った先輩が窓から体を乗り出してこちらに手を振っている。


「せ、せんぱい?」

「学校を早退とはいただけないな。君はもっとまじめな人間かと思っていたが」

「いや、先輩こそどうして? まだ授業中じゃ」

「サボった」

「いただけないな!」


 思わずいつもの調子でツッコむと、「なんだ、元気そうでよかった」と。

 先輩が笑ってくれた。


「みっちー、学校の皆の状況は把握した。随分と肩身の狭い思いをさせてしまったようだな」

「い、いえ。別にそれは」

「いや、私の責任だ。少し話がしたいのだが、乗っていかぬか?」

「……わかりました」


 正直、まだ心のもやが晴れたわけではない。

 明日からのことは不透明なままだし、目の前の先輩とのことだって不安だらけだし。

 でも、今は誰かと一緒にいたかった。

 こんな自己中でアホなくせに、なぜか親身になってくれる先輩と、一緒にいたかった。


 車に乗ると、先輩は正面を見ながら淡々と話を始める。


「さっきな、初めて同級生とやらに声をかけられたのだ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ、女子だったが名前もよく知らぬ子だ。で、その子が私になんといったかわかるか?」

「いえ、全く」

「氷室さんはあの陰気クサい後輩男子に騙されてるんだよ、と言われた。まあ、君のことだろうな」

「……」


 陰気クサい後輩男子、か。

 いや、全然それくらいの悪口なら可愛いものだけど。

 やっぱりみんな、俺が先輩を騙して取り入ってるってくらいに思ってるんだな。


「さらにだ、あんなのと付き合っていたら私の価値が下がるからやめた方がいいとも言われた。なんとも余計なお世話だと思わんか」

「……でも、正直その人の言う通りだと思いますけど」

「そんなことはない。だいたい、君と一緒にいて下がる程度の価値ならそもそも私に価値などなかったに等しい。それに」


 それに。

 その言葉の後、少しだけ間ができた。

 先輩は頬杖をついて窓の外に顔を向ける。


「……私は、君と一緒にいて値打ちが下がるのなら本望だ」

「それって……やっぱり自分の夢の為、ですか?」

「まあ、それは否定しない。やはり私が君に執着する理由の一つとして、君が不死身であるからということはきってもきれぬものだ。斬らせてはくれぬがな」


 最後に少し語気を強めた先輩は、まだ向こうをむいたまま続ける。


「しかしな、君といることに心地よさを感じているのは確かだ。だから今は君と一緒にいることを優先したい。誰かと一緒にいたいなどと思ったのは初めてのことだ。不思議な気持ちだ」

「先輩……」


 他人からの評価より。

 自分の夢より。

 俺といることを優先したい。


 先輩のそんな言葉が決して俺を絆して油断させるための罠なんかじゃないと、顔は見えないが喋り方で伝わってくる。

 

「……ありがとうございます、先輩」

「礼には及ばん。それに、君が学校に来ないと一緒にお昼が食べれないからな。さっき早退する前に手は打っておいた」

「え、それって」

「ああ、君と私が交際しているという噂が独り歩きしているせいで皆がヤキモキしているというのは理解したからな。訂正しておいた」


 ようやく、先輩がこっちに顔を向けた。

 少し嬉しそうに、大人っぽい笑みを浮かべながら。

 

「俺の為にそこまで……先輩、なんかすみません」

「いやなに、噂というものは伝染していく度に肥大し、ねじれるものだ。それに私も、憶測で話をされるのは嫌いだからな」

「そっか。でも、よく信じてくれましたね。みんな俺たちの仲を信じて疑ってない様子でしたから」

「だからだろう。私とみっちーは既に交際を始めていて、毎日家に出入りして先日は接吻まで交わした仲だと私に話しかけてきた女子に語ったら、すぐに信じていたぞ」

「……え?」

「なに、噂を噂のままにしておくからいけないと思ってな。いっそ本当のことにすれば誤解も生まれにくくなるだろう。どうだ、我ながら賢い選択をしたと思うが」

「……は?」

「ははっ、照れなくともよいぞ。明日からは疑惑の彼氏、ではなく正式な私のパートナーとして、堂々としていればいいのだ。噂ではなく事実なら変にこじれる心配もないだろう」


 はっはっは。

 先輩は今日一番大きな声で笑う。


 もちろん、俺は笑えない。


 ……。


「え、いやだめじゃんそれ! いや、なんでそうなるの!? 俺と先輩が付き合った? それこそ終わりだよ!」

「終わりではない、明日から私たちは始まるのだ」

「うまく言ってる場合じゃねえって! ほんと余計なことしかしないなあんたは!」


 一瞬でもこの人を見直しそうになった自分が嫌になる。

 バカだ、やっぱりバカだよこいつ。

 この問題の根本が全く理解できてない。

 噂だとか事実だとかそういう話じゃねえんだよ。


「あーもう完全に終わった……明日から学校いけないよマジで」

「大丈夫だ、私が毎日送迎してやるから」

「火に油って言葉知ってます……?」


 全くフォローにならないどころか状況を悪化させるだけの結果になった先輩の行動はしかし、今更どうすることもできないので。


 結局明日からのことは全く不透明なまま。

 というより一寸先が真っ暗になった気分にさせられてがっくりと肩を落としたところでようやく車が止まった。


 先輩の家か我が家か。

 さてどっちだろうと外をチラッと覗くと。


 知らない大きな一軒家の前に、車は止まっていた。

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