第10話 内情

 僕はなんとか穴から這いあがろうとしたが、穴には特殊な加工がしてあるらしく、つるつる滑って全く登れそうにない。僕は少しバタバタした後にそれに気づいたのだが、そうだからといって穴から出るための案が浮かぶでもなく、しばらくそのままじっとしていた。

 すると、穴の上で複数の荒い足音が聞こえた。


「どうだい、捕まったかい?」

「いや、うまく逃げられてしまったよ。まったく、どうして揚げパン博士は、僕たちに人間より高い運動能力を与えなかったんだろう」

「今それを言ってもしょうがないさ。揚げパン博士ももともとは人間なんだから、思考に限界があるのは当然だよ。とにかく俺たちは仕事をこなすしかないさ」


 どうやら穴の上にいるのは揚げパンのようだった。揚げパンたちもこんなふうに愚痴を言ったりするのだと、僕は少し笑みがこぼれた。


「で、下の人間はどうするよ?」

「とりあえずこれを投げておくか」


 穴の上から何かが落ちてきた。見ると、おにぎりである。揚げパンたちはパンのくせに米を食べるらしい。だが、食べ物は食べ物、おいしくいただくとしよう。意外と揚げパンも捕虜の扱いは丁重であるようだ。

 僕は数分でおにぎりを食べ切ってしまったので、することもない。揚げパンたちがいずれ僕を捕虜としてどこかに移動させるのだろうが、それまではすることもない。僕は穴の底に寝っ転がって、目を閉じた。

 すると、揚げパンたちが上で話しているのが聞こえてきた。


「よーし、うまくいったようだ。人間はまんまと寝てしまったぞ」

「うん、あのおにぎりには睡眠薬が入っているからな。しばらくは起きてこないだろう」


 いや、睡眠薬も何も、僕は眠気を全く感じないのだが。もしかして睡眠薬が効いていないのだろうか。それとも今から効いてくるんだろうか。


「で、この間に、ちょっと聞いておきたいことがあるんだが」

「何だい?」


 揚げパンたちは、僕が寝ていると思って丸秘の話を始めたようだ。これはラッキーだ。揚げパン帝国の内情が聞けるかもしれない。


「いや、ずっと気になってたことなんだけどよ……。揚げパン博士って、いったい何者なんだ?」

「さあ。揚げパン博士は、俺たち揚げパンに心を与えてくれた、偉い先生だよ。そういうことでいいだろ」

「そうだけどよ……。僕はまだ、揚げパン博士の本名も知らないんだぜ。でも知ってる人もいるみたいで、僕は疎外感を感じているんだよ。これを機会に教えてくれないか」

「うーん、まあ、いいだろう。揚げパン博士の本名は児玉晋作こだましんさくだ。これで良いか」

「おお、ありがとう。これで何か気分が晴れたよ」


 揚げパンたちは話すのをやめてしまったが、僕はそのときある大変な事実に支配されていた。

 僕は揚げパン博士に会ったことがあるのだった。

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