ウィルヘルム魔法戦記

浅井誠

 プロローグ


 「アイル、この国のため、しっかりとお勤めを果たしてきなさい」


 「分かってるよ母さん」


 沢山の村の人が見送る中、少年、アイル・ベントラーデは自身の母親に対して少し鬱陶しそうにそう返す。

 まだ幼さが残る顔立ち。少し毛先に癖のある黒髪を弄りながら、思春期の男子らしく、母親とのやりとりには少しぎこちなさが感じられる。

 まだ16になって間もないこの少年は、首都の士官学校へと入学する為、今日この生まれ育ったカヤシバ村を旅立つ。

 なのでこれはめでたいと、村の人総出でこうして見送りをしていると言う訳だ。


 「いやー、めでたい!本当にめでたい!!」


 集団から一歩前に出て、大きく腰の曲がったカヤシバ村の村長が誇らしげにそう言う。


 「うちの村から"2人"も士官学校へ入学する者が出るとは」


 鼻高々に、士官学校へ行く本人達よりも自慢げにそう続ける村長。

 それを聞いてアイルは少し困った様に、自身の隣に居た少女に顔を向ける。


 「………この村の為、この国の為に強くなって参ります」


 真剣な眼差しでそう言う少女。アイルと同い年であるこの少女の名は、リーラ・シェルカードと言った。

 吊り目気味のぱっちりとした目に、シャープな輪郭と、細く筋の通った鼻筋。ストレートの赤髪をミドルロングに切り揃え、細く引き締まったその身体からは、まさに凛とした雰囲気を漂わせている。

 

 「リーラちゃん、アイルの事よろしくね。この子、ボーッとしてる事が多いから……」


 アイルの母親がリーラに軽く頭を下げながら、お節介を焼く。やはりと言うべきかアイルは顰めっ面になる。


 「いいよ、もう子供でも無いんだし、リーラにお世話になる事なんか無いっての」


 心底不服そうな口調で、母親に対してそう言うアイル。

 この小さな村で、2人は小さな頃から一緒に生まれ育って来た。所謂、幼馴染と言うやつだ。

 それが揃いも揃って同じタイミングで士官学校入りとは、ある意味運命と言ったものだろうか。


 最後の顔合わせ。村の人々から一様に「頑張れ」だの「寂しくなるな」などさまざまな言葉が掛けられる。

 アイルとリーラにとっても、全員小さな頃から見知った顔。一人一人確かめる様に別れの言葉を告げる。

 それが一通り終わると、村長が太陽の位置を確認する。


 「……もう出発の頃合いかのう」


 一言そう言うと、村長は予め用意していた"呪術道具"を取り出す。

 それは全体が青錆び、剣身も半分程でポッキリと折れている様な武器としては全く使い物にならないものであった。


「……では、最後に2人の幸運を願って」


 村長がそう宣言すると、村人達がすぐさま跪き、両手を握ってその剣に向けて祈りを捧げるポーズを取る。

 それを確認すると、アイルとリーラもその場で目を瞑る。


 「これからの旅路、2人に幸多き事を祈って……」


 村長がそう言うと、続けて呪文の様な言葉を口ずさむ。

 すると、剣身が淡い光を放ち、それに呼応する様に村長はその剣をゆっくりと振り上げる。

 そして呪文をひとしきり言い終わった後、空に掲げた剣を勢い良く振り下ろした。

 それに伴い、剣身を纏っていた光は消え、そのタイミングで祈りを捧げていた村人は一斉に立ち上がる。

 

 「気休めにしかならんかもしれんが、一応魔力を込めた。お節介じゃったかのう?」


 「……いえ、ありがたいです」


 自虐的に笑って村長がそう言うと、リーラは首を振ってそう返す。


 「では、行ってきます」


 そしてアイルがそう言うと、2人は村を出る為に歩き始める。途中、見えなくなるまで村の人達は手を振ってくれた。


 

_____________________




 彼らが生まれ育ったこの国は、ウィルヘルム魔法国家と言う、その名の通り魔法を主とした国家だ。

 何をするにも魔法。料理をする為の火を起こすのも魔法であるし、洗濯物を乾かす為の風を起こすのも魔法。

 そして国の核である軍事ですらも、魔法を使わないと全く機能しないと言う、正に全ての生活において魔法が必要になる様な国家だった。

 だからこそ、他の国に比べて魔法の技術や研究はどの国よりも進んでいる。

 そんな国で、アイルとリーラの2人は魔法使いでもエリート中のエリートしか入れない士官学校へと入学する事となったのだ。


 「こっからユーキリンスまでどんくらいだっけ?」


 村から離れ、青空がよく見える草原を歩きながら、アイルはリーラに対してそう聞く。


 「……今日ベルムスの街に行って一泊。そっから転移魔法」


 「あー、そっか。ここから一番近い転移陣、ベルムスしか無いもんな」


 彼らが向かうのはウィルヘルムの首都、ユーキリンス。そこに目指す士官学校が存在する。そしてそこに行くまでにはベルムスという街から転移魔法で行くのが一番早い。

 

 「しかしまあ、リーラもよくこんな時期に士官学校なんか入る気になったな」


 すると、続けて呑気にアイルがそんな事を言う。


 「……国の為に魔力を使うのは当然。私にはその使命がある」


 「はっ、随分と高尚な考えをお持ちで」


 献身的なリーラに対し、それを鼻で笑うアイル。やはりと言うべきか、リーラは顔を顰めた。


 「じゃあ、アイルは何で士官学校に入ったのよ?」


 「士官になれば安定した給与が手に入るから。このご時世、商人になるのも馬鹿だし、かと言ってあの村で農家をしても、国に吸い取られるのがオチだよ。なら一番良いのはその国民から国力を吸い取る国にお世話になるのが一番。つまり軍人になる事さ」


 飄々とそう説明するアイルに対し、リーラは更に眉間に皺を寄せる。


 「……じゃあ士官学校なんて入らず、そのまま軍に志願すれば良かったじゃない」


 「分かってないなー、リーラは。もう戦争も秒読みだってのに何でわざわざ前線に配属される様な事するんだよ。……士官になれば安定した給与も貰えて、尚且つ後方で安全な場所に居れる。正に今の時代には最高の職業って訳よ」


 クツクツと悪どい笑みを浮かべながら、アイルは続けてそう説明する。


 「……ほんっと、アンタのそう言うところ嫌い」


 「ははっ、褒め言葉として受け取っておくよ」


 しかし、正義感の強いリーラにとって、アイルのその考え方は受け入れ難いものだった。

 軽蔑の目線を向けて吐き捨てる様にそう言うが、アイルはどこ吹く風と言った感じだ。

 

 


__________戦争が近づいて来ている。


 相手は、ウィルヘルムの隣に存在する、ユーハンスと言う共和制の国家だった。

 ウィルヘルムが魔法大国とすれば、こちらは科学大国。

 発端は両国の国境にそびえるゴルキー山脈の麓で、"ある"鉱石が見つかったのが原因だった。


 「このタイミングで"魔鉱石"が見つかったんだ。しかも一番厄介な場所にな。アデリーの魔鉱石の採掘量が減ってきてる今、ゴルキー山脈で見つかった魔鉱石の鉱床はウィルヘルムにとっちゃ、喉から手が出るほど欲しい」


 アイルは饒舌に、自国の現状をリーラに説明する。

 国境付近で見つかった大鉱床。魔鉱石と呼ばれるその資源は、魔法国家であるウィルヘルムにとっては正に生命線とも言えるものだった。

 先に言った通り、魔法国家であるこの国は、全てを魔法で補っていると言ってもいい。軍事、交通、建設、生活に至るまで魔法に依存している。

 それに必要となるのが、魔鉱石だ。

 魔法とて、無から生まれるわけでは無い。いや、しっかりとした魔法陣やアイテムを用意すればその限りでは無いが、それでも人が手持ち無沙汰で出せる魔力には限りがあった。


 そこで現れた、魔鉱石と言うアイテム。


 深い青、ラピスラズリにも似たこの鉱石は、自身の魔法を増幅させる効果がある。これが発見されて以来、ウィルヘルムの魔法技術は飛躍的に上がった。

 例えば、炎魔法を使うとする。すると、今までいちいち魔法陣を地べたに描き、それなりの知識もなければいけなかったのが、魔鉱石で加工された"魔具"を使う事により、手軽に誰でも炎魔法が使える様になったのだ。


 この様に、この国では魔鉱石と言う資源に依存し切っていると言っていい。


 そんな中、発見された国境付近の魔鉱石の大鉱脈。ウィルヘルムと言う魔法国家にとっては喉から手が出るほど欲しい物件だ。

 しかし、そこには問題が一つあった。


 「しかもその鉱床の殆どはユーハンス側と来た。そして発見したのもユーハンスの調査隊だ。今も外交で何とか権利を取ろうとしてるみたいだけど、まあ無理だろうな」


 アイルがそう言うと、リーラは少し考える。確かユーハンスは魔法を使わない国家と聞いた。ならば……


 「……でも、ユーハンスは魔法使わないんでしょ?何でこっちに鉱床くれないの?」


 「そりゃ、ユーハンスにとっちゃ都合が悪いからだろ。元々ウィルヘルムとユーハンスの仲はそれほど良く無い。って言っても、あっちが一方的に逆恨みしてる感じだけどな」


 「……あっちが喧嘩する気満々って事?」


 「そうとも言える」


 リーラは政治に聡い方では無い。アイルの説明を聞いてはいるが、あまり理解していない様子だった。


 「まあ兎に角、お互い大変な時期に士官学校に入学しちゃったって事。リーラも軍に使い捨てにされない様、気をつけなよー?」


 「……アンタより強いから大丈夫よ」


 相変わらず飄々と、緊張感の無い声でそう言うアイルに対し、少し眉間に皺を寄せてリーラはそう返す。

 

 小さな村から出た、2人の少年と少女。この2人が、『世界最高の魔法国家』と謳われたウィルヘルムにおいて、今後の歴史に名を残す事になる事は、まだ誰も知らない。


 

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