第6話 外れスキル無双

 街門の脇には小さな通用門がある。よほどのことがなければ街門はだいたい開いているんだが、有事の時には固く閉ざされる。今日は通用門しか使えないし、それを使うにも偉い人の許可が必要だ。

 冒険者ギルド長ってのはまあまあ偉い人のうちで、通用門を開けるように頼んでくれた。

 門のすぐ外に魔物の気配がある。小さく開けて、まず俺が外に出た。

 十歩ほど先にいる魔物が俺に気付いた。大きな牙を剥き出した狼型の魔物だ。そいつは前身をぐっと下げて、俺に襲い掛かろうと睨みつけてきた。

 俺は慌ててそいつの足元にスライムを投げつける。


「硬化」


 狙い通り、その魔物は動けなくなった。

 周囲を確認するが、幸いこの近くには二十頭か三十頭しかいない。そして俺の予想は違わず、魔物たちの足元にはすでにたくさんのスライムがいた。

 南門の外は湿地になっていて、元々野生のスライムがたくさん生息している場所なのだ。

 前世で言えば、梅雨時期になると道にカエルがいっぱい出てくるような、そんな感じだと想像してもらえればいい。カエルがどんなに道にいっぱいいようと、車は気にせずそこを通る。人もまあ、気持ち悪いと思いながら通る。

 スライムだってそう。

 普通だったら何の障害だとも思わない。

 だからこそ、俺はここならば大丈夫なんだ。


「硬化、硬化、硬化」


 近付こうとした魔物たちがピタリと足を止める。


「硬化、硬化、硬化、硬化、硬化、硬化、硬化、硬化、硬化」


 魔物たちの足にスライムが絡みつき、固まる。普段気にも留めない害虫は、気付かれないようにあらゆる場所に潜んでいる。

 そこらじゅうの魔物たちが足を取られてもがいていた。

 俺の後から恐る恐る出てきた冒険者たちが目を丸くしている。

 いや、俺を見てる暇があったら寄ってきた魔物を倒そうな。


「硬化、硬化。じゃあ、今からスライムを汲んでくるんで、もし近付きそうな魔物がいたらやっつけるか俺を呼んでくださいね」

「お、おう」

「いったい何者なんだ……お前……」

「だから穴塞ぎ屋ですって」


 南門を出てすぐの壁沿いに、死の沼と呼ばれる場所がある。それこそスライムの巨大繁殖地であり、俺がこそっと飼っている場所でもある。

 一匹一匹は弱いスライムだが、こうして大発生するとなかなかに厄介な生き物だ。

 じゃあ国はどうしてこれをそのままにしているかというと、防衛にも便利なのだ。死の沼には人も入れないし魔物たちですら入り込まない。街壁も死の沼と接している部分だけは今も魔物が寄ってきていない。


 スライムたちは殆どのものを溶かしてしまうが、死の沼に接している街壁は溶かされないように特殊な加工がしてある。

 ただ俺が持っているのはただのバケツで、スライムを汲むなんて普通できない。じゃあどうして俺がこのバケツで持ち運べるかというと、緩く硬化して不活性化してるんだ。


 空になったバケツは三個。俺は死の沼に膝まで浸かって、バケツに不活性化したジェル状のスライムを汲んだ。

 そして一番近くにいた冒険者を呼ぶ。


「マジかよ。死の沼に入って……」

「このバケツの中のは大丈夫だからしっかり持ってくださいよ。あっ、ダメダメ。あまりこっちに近付いたら沼に引き摺り込まれますよ。俺がもう少しそっちに行くんで」

「あ、あ」


 バケツ三個分を冒険者に渡して、残りはバケツがないから、零れ落ちないくらいの固さにまとめるしかないな。

 ブロック状に固めたスライムを持てるだけ作って、冒険者たちに持たす。さっさとしないと遠くから魔物が来たら面倒だ。

 俺はいつも以上に急いで仕事をして、その場から引き上げた。


 通用門から街の中に入った時は、守衛から亡霊でも見たように一歩引かれた。

 だがそんな彼に構っている場合じゃない。壁の大穴を塞ぐのが一番だ。


「街の中に入った魔物が後ろから襲わないように、ちゃんと見張ってくださいよ、ギルド長」

「おう。後ろは任しとけ」

「えっと、冒険者の皆さんは俺に順番にスライムを渡してくださいね」

「あ、ああ」

「じゃあ行きますよ!」


 壊れた壁を、端から埋めていく。

 厚みはあまりとれないが……。

 ちょうどこっちに入ろうと顔を出している魔物がいるな。逆に都合がいいからそのまま穴を塞ぐのに使わせてもらおう。


「硬化、硬化、硬化」


 こうして、人を巻き込まないように気を付けながら、徐々に壁を塞ぐ。持って来たスライムがほぼなくなる頃にようやく壁全体を塞ぐことができた。

 高さがほんの少し足りないけど、そこはもう兵士や騎士たちに守備をお願いしたい。

 少なくとも強度だけは他の場所よりずっと強いはずだ。

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