第2話 どちらの信長さんですか?

 信長が二週間ぶりに意識を取り戻したと病院から連絡があり、俺はすぐに彼がいる病院へと駆けつけた。俺があのときにもっと早く気づくことができればこんなことにならずに済んだのに。でも、信長は意識を取り戻してくれた。早く会いたい。会って謝りたい。


 信長の病室は三○三号室。こんなに興奮して階段を駆け上がったのは何年ぶりだろうか。走りすぎて息が苦しい。でもあいつがいる病室まではもう少し。歩く気はない。走れ。


「信長!!」


 そこには二週間前よりは少し痩せた多田野信長の姿があった。


「次郎」


「よかった……本当によかった」


 目頭が熱くなったのは何年ぶりだろうか。それに、こんなに嬉しい気持ちになれたのも何年ぶりだろう。


「久しいのう。なんじゃその顔は。相も変わらずうつけ面よのう」


「うるさい!なんだよその戦国武将ごっこの頃の話し方はよ!今じゃないだろ。でも…でも…本当に良かった」


 視界がぼやける。三十過ぎにもなって嬉し泣きなんて。


「ごっこ?ごっことはなんじゃ。それよりも次郎。お主に聞きたいことがある」


「なんだよ改まって。あーさてはお前、記憶がなくなったとか言い出すんだろ?」


「ここはどこじゃ?」


「もういいってそういうの。とりあえずさ、もう退院できるのか?この間行けなかったラーメン…じゃなくて、今日こそ焼肉に行こう!もちろん俺が奢るからさ。」


「黙って聞け次郎。まずはじめに言っておくが儂はお主の知っている信長ではない。この者はタダノと呼ばれておったが、儂はタダノではなく織田上総介じゃ」


「え?お前何冗談言って…」


「この世は儂が知る世ではない。最後に覚えておるのは……火じゃ。なぜかはわからぬ。が、どうやら儂は違う世へと運び込まれたようじゃ」


「……え。織田上総介って…え?あの誰もが知ってる信長?冗談やめろよ。いいよそういうの、俺は本当に心配してたんだぞ!会って…早く会って謝りたくて」


「なぜお主が謝る。それよりも猿や金柑頭、いや、藤吉郎や十兵衛はおらぬのか。この世に運ばれたのは儂だけではないやもしれぬ。探さねば」


 俺は言葉を失った。こいつ何を言っている、何が起こっているんだ。小学生のときにやった戦国武将ごっこのときのあの信長の喋り方、たしかにこんな話し方をしていた。でもそのとき以外で聞いたことがないし信長は今では自分の名前を嫌っている。こんな真似をするとは思えない。俺の目の前にいるのは誰だ。やばい、頭が混乱している。


「お主に聞いてもわからんようじゃな。もうよい、で調べてみるかのう。兵尻へいしり。藤吉郎と十兵衛はどこにおる」


「スミマセン。よくわかりません」


「このうつけが!役たたずめ!もうよい!下がれ!」


 病室で怒号が鳴り響いた後、織田と名乗るこの男は自らスマホで何かを検索をし始めた。あの………。スマホを使いこなしているあなたはどちらの信長さんですか?

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