⑩覚醒

「あぁぉおぉぉぉぉっ!」


 絶叫とともに目を覚ました。悪夢のあんまりな悲惨さに思わず目が覚めたのだ。そんな感覚だった。

 だが、それだけではないことも知っている。クトゥルーの呪縛により昏睡していたのをミシファイカイリーの刺激によって覚醒したのだ。


 実隆と泰彦は同じように昏睡している。

 信介は彼らを揺さぶり、叩き、どうにか起こそうとするが、目を覚ますことはない。


 信介の焦りが強くなる。

 平時なら彼らをこの場に置いて救助隊を呼ぶという選択もあるかもしれない。だが、地震の激しさは収まらず、このままでは丹沢の倒壊は現実のものとなる。

 救助隊を呼ぶ時間はない。信介はそう考える。ならば、二人を置いていくことはできない。


 ツェルトを取り出すと、即席の担架代わりに二人を括り付けた。クッション代わりにタオルを挟む。

 どうにか二人を固定すると、二人を引き摺りながら、信介は歩き始めた。


 進むべき場所はまず丹沢山、ついで塔ノ岳となる。どちらも急坂が続き、永遠に続くとも思える階段を登らなければならない。

 それを考えると、さすがの信介も二人を引き摺ったまま進むことに、絶望に近い感情を覚えていた。

 それでも行くしかないのだ。


 ついに信介と彼に引かれる二人は急坂の続く階段の道に差し掛かった。どうにか信介は彼らを引き摺って登ろうとするが、何度も頭を打ち付けてしまう。さすがに現状の疑似担架では先へ行くことは難しい。

 信介はどうするか考えつつ、即席担架であるツェルトを開けた。すると、泰彦のジャケットから零れ落ちるものがある。電磁放射装置であった。


 思いつくことがあった。

 信介はかつて泰彦に教えられたように、機器に電力を充填させ、安全装置を外す。

 そして、泰彦と実隆、どちらにも掠めるように、電磁放射装置を放った。ジリリという電磁音が響く。


 電磁放射システムは生物の生体電流を無効化することで、その動きを止めることができる。

 クトゥルーのテレパシーのシステムはわからないが、生物に電磁パルスのようなものを送ることで行うものなのではないだろうか。そうだとしたら、電磁放射システムにより、その働きを無効化することができるかもしれない。


 果たして、信介の読みは当たった。

 電磁放射装置の発射とともに、実隆と泰彦は息を吹き返した。

 二人は状況を飲み込めないものの、信介の「急ぐぞ!」の声に促されて、丹沢山へと続く階段をひたすら登っていく。


 すでに焦燥し切り、負傷しているものもいる彼らにとって、決してた楽な道のりではなかった。

 だが、丹沢山の山頂が見えた時、救助のヘリコが近づいていることに気づく。泰彦の救助依頼が届いたのか、あるいは地震からの救難指令があったのか。

 なんにせよ、満身創痍の彼らには救いのような存在であった。


 信介たちは行列に並び、やがてヘリコプターに乗ることができた。人々がひしめき合う中、信介は窓際に座ることになる。

 ヘリコプターが飛び立つ中、蛭ヶ岳の周辺――いや、大空洞を中心にして山が崩れていくのを目の当たりにした。クトゥルーによって見せられた幻覚が現実のものとなろうとしているのだろうか。

 何より、先ほどまでいた場所が崩壊する様は恐ろしいことでもあった。

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