⑥見えるもの

 実隆の顔面からグチャリとした音が聞こえる。カモシカの眼窩から飛び出した蟲は、今度は実隆の右目に飛び込んでいた。


「あぁぁぁぁぁおおおぉぉぉぉっ!」


 絶叫が響いた。実隆は苦悶の表情で叫び、覚束ない手つきで蟲を掴もうとする。

 実隆の目からは尾を引くように、蟲の細長い身体がのた打っていた。徐々に顔の中に入り込んでいるように見える。

 危険な状態だ。早くどうにかするしかない。


「泰彦、今度は失敗するなよ」


 信介はそう声をかけると、電磁放射システムを泰彦に向けて放り投げた。泰彦はあたふたしながらも、どうにかキャッチする。

 そして、信介は実隆に向かうと、彼の眼窩から生えた蟲を掴み、力任せに引っこ抜いた。そのまま、暴れ回るその蟲を地面に叩きつける。


「今だ、泰彦!」


 その呼びかけを合図とするように、泰彦は機器のスイッチを入れ、電磁放射システムを発動させた。蟲は痙攣するように動けなくなる。

 それを確認すると、信介は蟲をガシガシと踏みつけ、その全身を叩き潰した。


「実隆、大丈夫か」


 二人が実隆のもとへ駆け寄る。

 実隆の右目には何もなかった。ただ黒いうろがあるばかりである。血の一滴すら流れてはいない。それが、かえって不気味だった。

「お……、お……、お……」

 実隆は搾り出すように声を上げた。


「俺の目は……? 俺の目は……?」


 その叫びは痛ましかった。こんな状況の実隆に何ができるというのだ。

 二人は実隆の肩をさすりながら、どうにか言葉をかける。


「落ち着け。まずは落ち着くんだ」

「大丈夫。大丈夫だから」


 その言葉には救いはなかった。この状況で彼に救いをもたらすことなど、どうあってもできないだろう。それでも、声をかけずにはいられなかった。

 だが、実隆は「……違う」とぼそりと呟き、ついには絶叫する。


「俺の目は一体どこにあるんだ!? 一体どこに行っちまったんだ!

 巨大な! 動くのか!? おぞましい!

 ああぉっ、天井が! 瓦礫が! 崩れていく!」


 実隆は意味のわからない言葉を並べ立て、恐慌を起こしていた。そして、何かが降りかかってくるかのように身体をかがめる。

 信介も泰彦もその真に迫った表情と仕草に驚き、彼らも身を隠そうとする。

 しかし、何も起きてはいなかった。


「どうなってるんだ。精神がやられちまったのか?」


 さすがの信介も焦燥した声を上げた。

 実隆がこの山行に参加することになった時、自分がもっと強硬に反対していれば。

 そんな悔やみが湧き上がってくる。


「実隆は何を見ているんだ?」


 泰彦は疑問を口にしつつ、潰れてミミズの死骸のようになった蟲に照明を当てた。

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