④地底湖

 僅かな明かりで、どうにか地底湖の全容を掴もうとする。

 三人は浜辺のようになっている箇所を見つけ、そこまで地続きで行けそうだと判断した。その場所へ向けて歩き始める。


「なんか嫌な予感がするんだよなあ」


 信介がぼやきのような声を上げた。それに泰彦も同調する。


「俺もこのあとの展開、知ってるような気がする」


 実隆だけが「こいつら、何言ってんだ」と呆れたようにぼそりと呟いていた。

 やがて、彼らは湖の浜辺まで降り立つ。泰彦が未開封のペットボトルを湖に沈めようとした。ペットボトルは沈む気配すら見せず、そのままプカーっと浮かんだ。


「これは……死海だな」

「これ、死海だよ」


 信介と泰彦の言葉が重なった。

「はっ!?」と実隆は驚いたような、失笑するような声を出す。


「こんなところに死海があるはずないだろ。俺にやらせてみろよ」


 実隆は自分のペットボトルを取り出し、沈めようとする。しかし、沈むことはない。水の抵抗が違うのだ。


本気マジかよ。本当に死海なのか。

 けどさ、なんでお前ら、それがわかったんだよ」


 そう言われて、信介と泰彦が互いに目を合わせる。

 そして、信介が口を開いた。


「俺は以前に死海を見つけたことがあるんだ、房総で。その時、無線からクトゥルーの声が聞こえてきた。

 それで、この湖を見た時に嫌な予感がした。この湖もクトゥルーに関係しているんだろう」


 泰彦は信介の言葉に頷くが、実隆は納得のいかない様子だ。


「実隆だって、象人間のチャウグナー=フォーンやショゴスを見ただろう? 世間の常識の外にある存在っていうのは実際にいるんだ。

 全面的に信じなくてもいいし、そんなこと実感しないままに帰れるといいんだけどね」


 泰彦の言葉に、実隆はまだ釈然としないものを抱きながらも、ひとまずは異論を挟むのをやめた。

 三人は再び歩き始める。死海沿いを通り、稜線の下がる箇所を目指した。そこから地上へ出られるかはわからないが、進まなくては僅かな可能性すら閉ざされてしまうのだ。


「しかし、死海とクトゥルー、どんな関係があるっていうんだ」


 信介はなんとはなしに疑問を口にする。


「まだ、二例しかないから、なんともいえないけど、クトゥルーの身体の欠片があるところが死海になるのかもしれないな。だとすると、この場所にクトゥルーそのものがいることになっちまうけど」


 泰彦は答えながらも、声が震えていた。自分の想像に恐れおののいてしまっている。

「けど、それだと本元の死海にもクトゥルーがいるのか?」

 と信介にはさらなる疑問が湧いた。


「何かしら、関係があるのかもしれない。クトゥルーの肉体があるのか、別の旧支配者なのかはわからないけど。

 もっとも、死海が関係するかも、まだ仮説のままだ」


 そんな会話を交わしていると、湖の沿岸を過ぎ、新たな洞穴が見え始めた。

 彼らの目的地に行くには、その洞穴が先へ通じていると好都合だ。とはいえ、どこへ通じているかもわからず、途中で行き止まりになるかもしれない。


 だが、そんな懸念は一瞬にして払拭された。新たな恐怖を残して。

 洞穴からは野生の獣が姿を現していた。

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