⑨チャウグナー=フォーン
信介の叫びとともに、あとの二人も目を覚ました。
「また悪夢を見たのか」
泰彦が尋ねてくるが、信介は「ああ」とだけ答えた。
そんな二人の様子を眺めつつ、実隆はぼそりと口に出す。
「あれ、何だったんだ、象人間?」
昨晩のことだった。象の頭を持つと思われる巨大な人間の影が現れ、テント目掛けて歩いてきていたのだ。だが、まさにテントを踏み潰さんとした時、その影は忽然と消えていた。
テントの中、まだ半分まどろんでいたものの、三人は泰彦が用意していたお弁当を食べる。みやま山荘で作られた、山菜の炊き込みご飯をおにぎりにしたものだった。
すでにそのふっくらした食感を失ってはいるが、凝縮されたご飯の塊は、それだけで活力を持たらす。ワラビやゼンマイの独特な食感と旨味が嬉しく、秋らしく入れられたノビルはシャキシャキと新鮮、それに時折混ざっている銀杏は宝物のようだった。
そのすべてがこれからの山行のエネルギーとなるのだ。
三人は身支度を整えると、テントの外に出る。まだ、薄暗がりだったが、一面が雪景色になっているのが見てとれた。その真っ白な大地は、何ものも踏み入れたことのない場所のように思え、その美しさに感嘆する。
だが、テントの裏側には樹木が倒れ、何ものかが踏み荒らしたような跡があった。それはテントと反対方向へ、ライン状に続いている。
「あれは幻なんかじゃなかったのかな。それとも、以前からこんな荒れようで、昨日の雪で倒れたとか?」
実隆は半信半疑な様子で、仮説を口に出した。
だが、信介にはある種の確信がある。
「この荒れ方は自然や動物たちによって起きたものとは思えない。それに、あの象人間、夢で見たやつと一緒だ。これはまずいことが起きているぞ」
しばらく荒れた箇所を眺めていた泰彦が口を開いた。
「昨夜の象人間、あれはチャウグナー=フォーンじゃないかなぁ。
象の頭を持つ超次元クリーチャーで、ちょうど、あんな外見のはずなんだよ。古代ローマ時代から伝承が残っている怪物なんだが、最近ではアメリカやカナダに出現したという記録がある。それ以前はアジアにいたって話も聞くが、もしかして戻ってきたのかも」
泰彦が滔々と語る。それを信介と実隆はポカーンとしながら聞いていた。
「多次元に移動する能力があるはずなんだけど、もしかしたら、テントに来る前に多次元に移動したのかも。
能力のわりに慎重みたいだから、我々の中の何かを恐れて退いたってことはあるのかもなあ」
そう言うと、チラと信介を見た。
「なんだよ、意味がわからない。何が言いたいんだ?」
信介は困惑し、かつ少し不快に思いつつ、泰彦を睨む。
その様子に泰彦は肩をすくめる。
「いやいや、もしかして、信介にチャウグナー=フォーンをビビらせる何かがあるのかなって」
泰彦の確かめるような口調に、信介は呆れたような声を出す。
「そんなもん、あるわけないだろ。余計な詮索はよせ。
泰彦は坊主だろ。念仏を唱えて追い返せるんじゃないのか」
信介の軽口に泰彦が難色を示す。
「本来、仏教の意義は悟りによって輪廻を脱することだ。古来、仏教は哲学と科学に則したもので、霊魂の存在も死後の世界も認めてはいない。葬式もそうだけど、除霊なんてのは、本来の仏教から離れたままごとみたいなことなんだよ。だから……」
泰彦は語り始めようとしたが、信介も実隆も聞いてはいないことに気づき、話を止める。
そして、改めて信介のほうに向きなおる。
「まあ、そんなことよりも、俺は君の見た悪夢の内容が気になるな」
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