②信介の見た悪夢

 山を登っていた。いつものことだ。


 草木を掻き分け、自ら道を作りながら突き進んでいた。山道ではない道を歩いているのだ。

 だが、やがて地面には石がごろごろと転がり始め、その歩みを邪魔してくる。急な変化に思わず足を取られ、転倒してしまった。


 ゴツン


 なぜか痛みはなかった。

 しかし、倒れた場所は木の板で出来た道だ。人気ひとけのないエリアを歩んでいたはずが、急に人工物に遭遇する。おかしなことだ。

 周囲を見渡すと、見慣れたような山々があり、その先には一際美しい山容が見えた。白と青の見事なコントラストが映えている。間違えるはずがない、富士山だった。そして、近くを鹿が走り抜けていくのが見えた。

 つまり、ここは……。


 ブオーン


 奇妙な音が鳴った。音の方角は真後ろからだったが、振り向けないでいる。

 しかし、その影が否が応にも目に入ってきた。象のような巨大な鼻。そして巨大な耳。それは象のようにも見えたが、鼻の先端は異様に膨らんでおり、耳には蜘蛛の巣のように隙間の空いたものに思えた。


「これは象……、いや、マンモスか? バカな、絶滅したはずだ」


 夢の中の信介しんすけが自嘲気味に呟いた。だが、それでも後ろを振り向くことはできない。

 背後に存在する奇妙な象は次第に大きさを増している。そんな気がしていた。


 ビュォォォォォ


 風が吹いた。その風に乗ってか、信介も飛び上がっていた。

 いや、風に吹かれているわけではない。何者かに掴まれて、運ばれているのだ。

 気づいた時にはすでに拘束が解かれていた。まっ逆さまに地上へと墜落していく。


 地面に落ちたはずだが衝撃はなかった。頭から落ちたはずだというのに、普通に歩いている。

 そこは階段だった。木でできた階段が果てしなく続く。空の先、雲の向こうまでも、階段はひたすら続いている。

 そうだ、自分はこの階段を登っていたんだ。そう思い、そのまま歩き続ける。


 急に足が取られる。階段を踏みしめたはずが、黒い粘液状のものがその場にはあった。

 黒い塊に吞まれるように身体が沈んでいく。そして、その粘液は皮膚を溶かし、肉を喰らい、残されるのは骨ばかりとなっていく。


 やめろやめろやめろ……。


 その言葉は声にならなかったが、落下するままに、黒い塊から肉体は抜け出し、空に落ちていった。

 空から落ちると森があった。針葉樹の枝に体が削られながらも、地に落ちる。いつの間にか肉体は元に戻っていた。


 いや、戻っていない。信介には目がなかった。

 目のあるはずの場所からは白い芋虫のような蟲が湧きだしている。


 なんだ……これは……。なんで、俺の眼のうろからこんなものが……。



「あおぉぉぉおおおおぉぉぉぉっ!」


 気づいたら、信介は叫んでいた。自分の声に驚いてか、目が覚める。

 夢だったのだ。


 ふと、夢で見た風景を思い出す。あの山々、それに登山道。


「あれは、丹沢……だったよな」


 誰に向かってでもなく、信介は呟いていた。

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