第二話 銀髪幼女が僕に説明する

 魔法使い云々についてお茶をにごすために、話題を変えることにする。というよりも、一番聞きたいことがまだ聞けていないのである。

「結局僕の安否はどうなっているんだい?」

「こちらが語弊のある表現をしてしまったようですね。その点は謝罪させてください。交通事故にあったあなたは、病院で治療を受け、間一髪で生還しました。ですが、あなたとの先ほどのやり取りで、生還したのがいささか残念に思えてきました。」

 なんと辛辣しんらつな物言いだろう。まあ、こちらにも非はあるけれども。

「しかしながら、意識が戻ったわけではありません。いわゆる植物状態ですね。そこから意識だけをこちらに転送させました。身体はこちらで新規作成したものです。あなたの世界の医療技術では、植物状態から意識を分離してもそれを観測することは出来ないので、誰も気づきませんよ。」

「新規作成した身体なら、もう少し色を付けてほしかったよ。具体的には細マッチョのイケメンが希望だね。あるいは、ロリ美少女になって君とキャッキャウフフするのも捨てがたい。」

「精神の認識している肉体と、実際の肉体との乖離が大きいと、精神への負担が大きいのですよ。ちなみに、別にあなたとイケメンとの差が大きいということではないですよ。容貌は中の上程度だと思います。」

 とげがある上に、中途半端な褒め方だな。加えて、最後の発言は意に介されなかった。


「一つ質問させてほしい。植物状態で良いなら、いっそのこと死んだ人間を転生させれば良いのではないかい?」

「死亡した人間は輪廻転生により新しい個体に生まれ変わるので、こちらに召喚することは叶いません。」

 なるほど、天界の縛りがあるらしい。ここで僕は思案に暮れる。

 アリスは生者しか呼べない状態で、向こうでは指一本動かせない僕に白羽の矢を立てた訳だ。第二の人生の為に健康な身体を用意してもらったことを勘定に入れれば、彼女は慈悲深いのだろう。しかし、そのことと異世界に行くかどうかは別問題である。僕の故郷は日本だ。すでに里心が付いている。問題は帰還しても植物状態であることだ。どうにかして向こうで覚醒することを確約させられないだろうか。


 僕が思案に暮れていることなどお構いなしにアリスは続ける。

「それでは次はあなたに行ってもらう異世界に関する説明です。」

「いや、待ってほしい。行くとは一言も言っていない。」

「私の説明を聞けば大概の皆さんは行く気になりますよ。まず、その世界は南部と北部の二つの大陸に分かれています。文明水準は、あなたの世界の中世ヨーロッパとお考えください。また、オークや竜など人間以外にも多種多様な種族が生存しています。」

「オークや竜という単語を聞いて、行く気がなくなってきたよ。全裸で生活する、君に似たロリ美少女だらけの種族がいれば話は別だけれども。」

「口を挟まないでください。まだ説明の途中です。何より、その世界には魔法が存在します。あなたの適性はこれから判断させてもらいますが、基本的にはその適性魔法を使って、人間を敵から救うのです。ちなみにあなたの世界の住人は、向こうの世界に行けば誰でもトップクラスの魔法使いになれます。あなたの世界は魔力が異常に高密度で存在し、魔法として利用不可能なのですが、その異常魔力に日常的に接しているため、どんな人でも魔法適性が高いのです。向こうの世界で魔法を使える人間は少数派ですから、これは特筆すべきことです。補足しますと、魔法は元々天界の技術です。各世界の魔力状況や文明状況によって、その世界で魔法が発展したりしなかったりします。」

 不出来な息子に頼らずとも、二年飛び級して、三十歳前に魔法使いになれるのか。話の後半は聞き流していたが、実力もトップクラスらしい。


 アリスの魔法講義はさらに続く。

 彼女曰く、魔法には地、水、火、風、光、闇の六属性が存在し、属性間に優劣関係は存在しないらしい。ただし、唯一光と闇はいずれか一方の属性しか使用できないそうだ。基本的に一人が使用できる属性は一つであるが、まれに複数属性を使用できるものもいるらしい。

 なるほど。行くかどうかは別にして、自分の魔法適性には興味が出てきた。

「僕の適性魔法を教えてほしい。」

「ふん。やはり私の言った通りになったではないですか。大概の皆さんはこの段階で目を輝かせるのですよ。」

 アリスはこちらが行く気になっていると誤解しているのだろう。彼女は右のてのひらを上に向ける。光が集束して、球体になった。光っている点以外は、占いの水晶のように見える。

「おや、珍しいですね。二属性に適性ありです。属性は光と闇ですね。」

 貴重なうえに、結構格好の良い組合せだった。……少し待ってほしい、光と闇はいずれか一方しか使えないと言っていたような気がする。ということは、光属性が闇属性の魔法を封じて、反対に闇属性も光属性の魔法を封じるわけだから……。

「これでは魔法が使えないのではないかい?」

「あなたは使えませんね。」

 使えないとは、僕と魔法のどっちのことを言っているのだろう。

「仕方がないので、このまま異世界に行っていただきます。」

 血も涙もない対応だった。そもそも、こちらの意思を確認していない。

「うん? 待ってください。球が光り続けています。」

 彼女が光球をしげしげと見つめる。

「あなた、一つだけ魔法が使えますね。」

「そうなんだ。具体的にはどんな魔法が使えるんだい?」

 僕は興味本位で尋ねた。

「それは分かりかねます。私が知らないということであれば、とてもマイナーな愚にもつかない魔法ですよ。時間ももったいないので、話を続けますね。」

 そう言って、アリスは魔法の話を打ち切った。主武装無しでいかにして異世界で奮闘してもらうつもりなのだろう。


「現地では人間の生存が敵に脅かされています。敵のことを我々は邪なるものと呼んでいます。負の感情の強い知的生命体に寄生する精神生命体で、宿主の負の感情を増長させる性質があります。彼らは北部大陸を主な活動範囲とし、特に北部大陸の北方では、元々人間に敵対的な亜人に寄生して、彼らの敵対心を増長させているようです。このままでは人間と亜人の戦争が勃発して、人間の生命が脅かされます。」

 魔法の話が尻切れ蜻蛉とんぼな上に、敵の説明も不足している。加えて、敵の識別方法が不明である。

「敵を識別するために、解析用の魔法の道具があるのでお渡しします。」

 流石にアリスも理解しているのか補足した。

「功績を残したら、君が性的なご褒美をくれるのかい?」

「いい加減セクハラはやめてください。とにかく、今から異世界への門を開きますので、速やかにお行きください。」

 問答無用すぎる! 僕は異世界転移に乗り気ではない。

「すまなかったよ。君の心証を害した僕が悪かったから、少し質問させてほしい。」

「仕方ないですね。それでは五分間だけですよ。」

 ここで僕の表情は少しだけ険しくなったように思う。

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