第23話 復讐の花嫁衣装と純白の花嫁衣装





 元仲間……と呼ぶのも嫌な連中への刑の執行が始まってから一ヶ月。

 そして式が始まる前。


 監獄の通路を私はアザレア様の後ろをついて歩く。

 白い花嫁衣装を身に纏って、ベルおばさんからの花嫁衣装を纏って。

 一つの扉の前に、監視する方がいた。

 その方は私とアザレア様に丁寧に頭を下げてから、扉を開けて何かを言う。

 私は口元に笑みを浮かべたいの押し殺して、冷たい表情を作る。


――まだだ、嗤うのはもう少し我慢――


 部屋の中に入ると魔法障壁が張られているのが分かった。

 その向こう側で蹲っている「罪人」が一人。

「――久しぶりね、カイン」

 その罪人カインは顔を上げた。

 私を見て驚いた表情をしている。

「私が居なくなって七日もしない間につかまる勇者サマ一向の勇者なんて貴方位じゃない?」

 他人行儀に冷たく突き放す。

「助けに来たわけじゃないから」

 僅かな希望も踏みにじる。

「その顔だと、私のこの衣装が何なのかも忘れてるみたいね、本当ベルおばさんとアルスおじさんが可哀そうだわ、こんな息子を持って……いいえ、必死に育てた息子がこんな阿呆だなんてね」

「ど、どういう事だ、リチア」

「私をそう呼ばないで、何様のつもり?」


――お前に、そう呼ばれると反吐が出る――


「……本当どうしようもない男ね。忘れた? 何度もおばさんが見せてくれたものよ。カイン、貴方の『花嫁』に着てもらいたいと願った衣装――貴方と約束したわよね『村に戻ってきたら式を上げよう、その時母さんのあの花嫁衣装を着てくれないかな?』って。そう言ったのも、やっぱり忘れてるのね」

 カインは目を見開いた。

「な、何故それを……?! ま、まさかお前、母さん達を――!!」

「馬鹿な事言わないで、貴方じゃあるまいし」

 カインの言葉を切り捨てる。

「ベルおばさん――いえ、村の皆に全て話したわ。貴方が私にしたこと、貴方達が私にした事、全部。そしたらね、皆とても優しかったわ」


 微笑むの幸せそうに。

 見せつけるの。


「おじさんは、もう貴方を息子とは思わないそうよ。村の人達も貴方が帰ってくることを望まないって、死んだ者として扱うって」

 カインの顔が青ざめるが、虚勢を張ってきた。

「ふ、フン!! こんなところを出られれば、俺はコーネリア王国の王――」

「ああ、それね――私より、陛下にお話しいただきましょうか」

 カインの前にアザレア様が姿を現す。

 初めて会った時同様角を生やした「魔王」と呼ばれたあの姿で。

「ま、魔王?!」

「陛下、この愚か者に現実を教えて差し上げてくださいな」

「リチア!! お前魔王に――」

「黙れ無礼者」

 アザレア様の言葉に、カインは硬直した。

「コーネリア王国は、あの聖女擬きの弟である王子と王によって統治と粛正がされている。腐りきった女王の狗共は皆罰を受け、女王や王女の裏での行動を非難して罰を受けた者達は名誉を回復し、地位も取り戻している。そして次期王は弟ともう決まっている。故にコーネリア王国にもお前達の居場所はない」

 アザレア様の言葉に、カインの顔が蒼白になる。

「わかった? 貴方にはもう、帰る場所も受け入れてくれる場所もないのよ?」

「こ、コーネリア王国と、村がダメでも。リュヒテル王国や他の国――」

「無駄だ」

 みっともなくあがくカインに、アザレア様は侮蔑の眼差しを向けて言った。

「余達に刃を敵意を向け続けていた連中には、身の程を思い知らせた。その上で今余の裁きに怯え毎日のように陳情書を送る程だ、お前達を迎え入れようという場所は何処にもない、好きなように処刑を、とまできている」

「う、嘘だ!!」

「嘘なものか。嘘でなければ、この国に侵略行為をするなりしているだろう、それができないのが漸く分かったのだあの愚者共は」

 みっともないカインの姿に、私はただ「ああ、やはり嘗て誠実だったアレは上辺か」と少し悲しくなった。

「どうしてこの衣装で貴方の前に現れたか教えてあげる」

「どういう、ことだ? なぁ、リチアどういう」

「こういう事だ、愚者が」

 アザレア様の羽織っている服が私を一瞬だけ隠す。


 そして――


 赤紫に金の刺繍が入ったドレスと、薄いヴェール、黄金の飾りを身に着けた姿に私はなった。

「こういう事よ」

 カインは唖然としてる、でも分かる理解できていない顔だと。

「……分からないみたいね」

「こういう事だ」

 アザレア様が私に口づけをした、カインに見せつける様に。

「――リチアは私の妻となった。お前は救いようのない愚者だが、礼を言おう」

 アザレア様は嗤った。

「これほど素晴らしい女性ではなく、見目を売りにし、肉欲塗れの雌に乗り換えた事を。お前がリチアを裏切ったことで、私はリチアと出会い、妻として迎えるができたのだからな」

「私も、貴方でなくて良かったわ。盛ってて肉欲に塗れた貴方みたいな男と結婚しなくて、本当良かった。貴方が裏切ったから、私は陛下と――」


「アザレア様と出会い、手を差し出していただき、愛してもらっているの」


「そして、これから式を挙げるのよ。私の家族や他の人達に見てもらうの」


 私は幸せに浸りながら、笑みを浮かべて続ける。

「ありがとう、カイン。貴方が最低で愚かな男だと、貴方の方から示してくれて」


「だから『お礼』をしてあげる」


 その言葉に、彼は希望を抱いたようだ。


 もちろん、そんな物はないのだけれど。


「そんなに交尾が好きならば、死ぬまで交尾をしたらいい」


「――男の尊厳も、何もかも不要なくらい、肉欲で堕落して頂戴?」


 私の言葉に、愚かになった彼も理解したようだ。


 私は、嗤う。


「凌辱されればいいわ。自尊心も尊厳も誇りも何もかも踏みにじられて、惨めになってちょうだい」


 カインは蒼白になった。

「ま、待ってくれ!! り、リチア!! 俺が、俺が悪かった!! だからやりな――」

「やり直す? 本当、最低なおと――いや、最低な存在に落ちぶれたわね」

 カインの言葉を遮る。

「裏切った貴方が言う言葉じゃないでしょう? それに私を捨てたのは貴方。私の思いを踏みにじったのも約束を忘れて破ったのも全部貴方」


「だから、これは。全て、貴方がした結果よ」


 私は彼を突き放す。

「では行こうか、リチア」

「はい、アザレア様」

「頼む!! なぁリチア待ってくれお願いだ――」

 私は懇願する彼の言葉を全て無視して、アザレア様と共に独房を出る。


 ガチャン


 扉が閉まる。

「……本当最低な男、自分が選んだ女の心配もしないなんて。呆れた」

 心からの言葉を吐き出す。

 此処迄どうしようもない男と恋人だった事実がますます嫌になる。


 と言うか、何であんな真面目で厳しいアルスおじさんと、優しいベルおばさんからあんなどうしようもない息子ができたのか。

 村にいた時はそうではなかった気がするが、本性を現したのか、それとも堕落したのか分からない。


「私は人を見る目がないのでしょうか……」

 色々と自信がなくなっていく、こんな私がアザレア様の妻でいいのだろうかとまた不安が湧いてしまう。

「他者を見る目が無かったのではなく、其方は他者を信じすぎただけだ。だが、良い。下らぬ男などと結婚する必要もなくなり、他者を疑う事と誰を信じるかという事の重要性を理解したであろう?」

「ええ、嫌という程に……」

 アザレア様の言葉が安心するのと同時にぐさっときたので少し辛い。

「――其方の困ったところは、私の言葉に対して傷ついても我慢する所だな、いや其方を傷つけた私に責任があるのだが……」

「い、いえ、そんな事は……」

 思わず立ち止まりアザレア様の言葉に違うと言おうとすると、唇を指で軽く触られた。

「そういうところだと言っている。既に其方は私の妻だが、これから公の前でそれを示すのだ。いわばこれからが本当の夫婦生活――なのに、其方は我慢しすぎる……まぁ、良いそれはこれから治していけばいい」

 アザレア様は笑ってそう言うと私を抱きかかえた。

「あ、アザレア様?!」

「さて、では式場までこれで行くとしよう」

 からからと笑って、私を抱きかかえて歩くアザレア様に私は困ったように笑ってしまった。


 アザレア様が私の前で「魔王」ではなく、アザレアという名前の唯一の存在である事を示すように角の無い姿で現れた時のあの悪戯っ子のような一面を思い出したから。


 大勢の民に慕われる王様。

 そして、私を愛して、私の事を気にかけてくれる優しいお方。

 これから、私はそんな優しい方の本当の意味で妻になれるのだ。

 いや、后には既になってるのだけども、何か既にこの国の方たちには城働きしてる家族等から通じて情報駄々漏れらしいけど。


 道理で、城に来る民の方増えたわけですよ本当!!


 式はどうなるかと思ったが、どうやら、魔術で式の様子をこの国の民限定だが見せることができるらしい。


 ただ問題……というか私にとって少し複雑なのが、私の故郷――村の代表の人達。

 その人達は式場に入る許可が出ている。

 兄とお祖母ちゃんはいい、村長も納得できる。

 問題は……ベルおばさんとアルスおじさんがいる、という事だ。

 私は、愚者カインとの件もあるから参加するのは二人にとって負担になるからと伝えたのだが、どうしても私の花嫁姿を見たいと言い――根負けしてしまった。

 大丈夫なのか、答えが出ないまま、私のずるずると不安を引きずったままだ。



「御后様、陛下、お戻りになられましたか」

 アザレア様が式用の衣装が用意されている部屋に着くと、メイドさん達が駆け寄ってきた。

 私はすっと椅子の上に座らせていただいた。

「ん? 着替えと化粧の時間の為の時間までには戻ってきたが、何か問題が?」

「いえ、ございません。ご無事に戻られたので安心いたしました。さぁ御后様、お着換えと化粧直しをしましょう」

「はい」

「陛下はあちらで」

「うむ」

 アザレア様が布で仕切った側に姿を消すと、メイドさん達は嬉しそうな顔で私を見る。

「さぁ、御后様。着替えをしましょう」

「はい、お願いします」

 私がそう言うと、メイドさん達は嬉々として私を着替えさせ始めた。



 純白のヴェールと、ドレス、そして赤紫の宝石の飾りがついた花嫁の姿に私はなる。

 鏡に映る私を見る。


 まるで別人のようだった。


 伸びた黒い髪は綺麗に編み込まれてて。

 化粧も先ほどの衣装に合わせたものから、今の純白の衣装に合わせた色合いの化粧になっていた。

「御后様、お綺麗ですよ」

「あ、有難うございます……」

 今更ながら、顔が熱くてたまらないし、心臓の鼓動が五月蠅い。

「そちらは終わったか?」

「陛下、終わりました」

 メイドさんの言葉を聞くと、アザレア様が布の向こう側から姿を見せて――動かなくなった。

「……」

「へ、陛下?」

 動かなくなったのが不思議で、私は思わず声をかけてしまう。

「――!! す、すまぬ。何と言うか、うむ。ああ、そうだな……美しい、美しいともストレリチア、余の妻よ」

「……陛下も、とても素敵です」

 少し顔の赤いアザレア様に、私が笑って返すと、ちょっとだけアザレア様は挙動不審になった。

 それが、どこか可愛らしくて、思わず笑ってしまった。






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