4話

04‐01「東京上空」



 「うっわー、まじかぁ」


 林立する商業ビル、その全てから映像が生えている。壁面から斜めに伸びる店名、アニメーションするロゴ。鳥が通りを絨毯のように飛び回り、虹色のリボンが無風の空にたなびく。


 「東京、すっげー」


 上野駅を降りた一色空是たちクラスメイトたちは、地元の田舎とは別世界の光景に驚嘆していた。




  一時間前、特急列車のデッキに仲間と離れて電話している空是がいた。


 「え?空是君達、東京行くの?」


 「昨日、急に行くことになっちゃって。昨日実戦あって、みんな羽振りよくなっちゃったんですよ。だから、急にみんで遠出しようって」


 「子供が大金持つとそれか~」


 「そらいろ先輩だって二歳上なだけでしょ」


 「残念、18と16じゃ大人と子供くらい差があるのよ」


 「そりゃそうですけど…」


 「…空是君、まだお母さんにお金、渡してないの?」


 「…はい。なんて言って渡せばいいのか。最初は防衛戦闘でもらったって嘘が付けたから渡せたんですけど…」


 「戦争で金もらったって、言えないか、君は」


 「…ハイ。なんて思われるか、怖くて」


 「そんなに気にしなくても。まあお母様の無記名戦争への理解度が問題だけど…、え?じゃあ今までのお金、全部君が持ってるの?」


 空是は思わず自分の胸に手を当てる。


 「ええ…まぁ」


 「バッカ。そんなの、銀行に…あぁ、銀行は全部潰れてる…エントに潰されたんだった」


 「銀行ってお金を金庫に入れて守ってくれるんですよね。今でもあったら利用するんですけど」


 「今でもスイスに行けばあるけど…昔の銀行はお金を預けるとお金が減ったから、みんな仮想通貨に流れたんだよ。AIが自動的に運用してお金を増やしてくれるしね…」


 「でも、大丈夫ですよ。手元にあっても、エントのセキュリティーは万全だし。東京ですよ?首都攻撃なんてありませんよ」


 「まあそうだけど。早めにお母様に渡しなさい。子供が大金持っててもいいことなんかなにもないから。今、いくら…、ま、いいや。楽しんできて」


 「先輩、おみやげは?」


 「私が欲しいものは君の年齢では買えなから結構よ」


 「ああ・・・そうですか・・・」


 通話を切った空是は、携帯で自分の持ち金を確認した。


 320万エント


 今まで稼いだ額がほとんど手つかずで入っている。携帯が重いと感じるほどには大金であった。






 「ねぇ見て、あの人の服が動いてる」


 「バカ、騒ぎすぎ。田舎者だと思われるだろ」


 「田舎もんだから、しゃーねーべ」


 「うわ、なにあの人、頭に生き物が生えてる」


 クラスメイトたちは大はしゃぎだ。


 それもそのはず、寂れた地方民が文化の先端、東京に来たのだから。普段なら行こうとも思わなかった距離と値段であった。しかし手元に数十万という額があると思えば、なんだってできる。その勢いは仲間内で加速され、一気に翌日の日帰り旅行という形になってしまった。


 空是も地方民の悲しい性として都会の光景に目がくらんでいた。




 駅を出て最初に見た時はたしかに都会のビルはすごかったが、ソレだけだった。


 「おい、レイヤーかけてみろよ!」


 宮下の一言で全員がフェイスグラスを起動したら、世界が変わった。


 現実の世界に、メタアースの世界が重なり、現実がそのまま夢の世界へと変貌した。


 全てのビルは独自のホログラム意匠をまとい、動ききらめく。空には文字通りのアドバルーンが何十と浮かび、飛行不能な形の飛行船が空から新製品を宣伝している。道路にもポップな飾りが浮き上がり、店頭ではホログラムのアイドルが客引きをする。


 通行人もおしゃれさが上がれば上がるほどメタアース内でのパーツが増えていく。カートゥーンのキャラのようなデジタルペットを肩や頭にのせ。彼らの周りを熱帯魚が遊泳している。服も靴もデジタルでコーディネートされ、色が刻一刻と変化する。


 メタアースファッション。


 現実に重ねがけされる幻影のコスメティックアイテム。


 「すっげー」


 田舎の高校生にはあまりにも刺激的な世界だった。


 結局、マックで休憩することになった。あまりにも都会的すぎるため、普段知っている光景で休みたくなったのだ。


 「すごかー」


 「うちのほうじゃ、デジタルコスメってやってる人いないよね」


 「学校でやると先生飛んでくるし」


 「駅前にいるよね、すごいジャラジャラ付けた人」


 「いた~~」


 クラスメイトが興奮そのままに喋っている。空是はそこから少し距離をとって、窓の外の、ゲームみたいな現実世界を見ていた。


 そこに宮下が寄ってきて話しかけた。


 「なぁ、昨日何人倒した?」


 宮下は他人のキル数を気にする。


 空是は窓を向いたまま答えた


 「8人」


 戦い続ける以上、綺麗事は言えなくなった。空是は無抵抗主義でも不殺生主義でもなかった。金を稼ぐために戦争に参加している、高校生ギグソルジャーなのだ。


 最初に殺した時も、自分の体のリアクションの無さに驚いたほどだった。待っていても涙は流れなかったし、吐きもしなかった。


 しかし、それでも


 「必要最小限しか殺していない」


 という言い訳は続けていた。


 「俺、18人」


 宮下は自慢気に言った。それはそうだろう、あれだけ弾をばらまけば…、空是はその言葉を何度も飲み込んでいる。


 「おまえ、やめるのか?」


 宮下は急に真顔になった。


 「なんで?」


 「なんでっていうか、お前、楽しくなさそうだし。どんどんつらそうな顔になるし」


 空是は、この友人にも人の顔色がわかるという繊細さがあることに驚いた。


 「そうだな、そろそろ僕は潮時かも…」


 「そうか、その…ありがとうな。お前のおかげで俺たち、一人前になれたっていうか…」


 同世代に丁寧に謝辞を述べるというのは難しい。宮下はそれをちゃんとやろうとしていた。


 「いいよ、僕も君たちがいたから戦えた」


 これは空是の本音だった。


 一人ではギグソルジャーになることも、できなかっただろう。感謝をいうべきは自分の方かもしれないと思った。




 「スカイツリィィー!」


 田舎から出てきた高校生たちだ、何を見てもはしゃぐ。スカイツリーはなにかのキャラクターとのタイアップらしく、巨大な生き物がツリーを昇っている。


 「どうする?ツリー昇る?」


 全員が無計画だったため、これからの旅程が決まっていない。秋葉原派、お台場派、池袋派で分裂を起こしている。空是は多数に従うという無党派層であった。


 「あれもさー、なんかの広告?」


 女子が空を指差している。


 空に穴を開けて黒い船が現れている。


 空にブロックノイズが走り、薄い膜が天から降って、広く空間を囲み始める。スカイツリーを中心にしたように東京の空の一部を切り取っている。


 「ハッキングクラフト!」


 「クリッピングフィールド?」


 クラスメイトが状況を確認した時には、もう空是は自分の端末でネット状況を確認していた。


 「外部通信不可」


 閉じられた東京の一部分だけしか通信が届かない。すでに外部から遮断されている。


 遅れて空襲警報のサイレンが東京に鳴り響いた。周囲にいる人達が、信じられないという表情で空を見ている。


 「うそだろ、まじで、なんでこんな時に!」


 友達が苦情のような悲鳴を上げる。


 空是も悲鳴を上げたかった。自分の手元には全財産、本来なら母に渡して人生の再建を助けるための全貯金があった。いきなり自分が、針の一突きで吹き飛ぶ水風船になったような気分だった。


 空是が携帯から目を上げると、全員が空是を見ていた。


 「どこかに隠れよう。フィールド収束まで隠れる。東京の一部分とは言え、この広さと建物密度だ。無事に済む…という可能性のほうが高い」


 空是の言葉に全員がうなずいた。獲物は山ほどいるのだ、侵略してきたギグソルジャーもわざわざこんな高校生を狙うわけがない。それは信じられる予測だった。


 「ストップウォッチ、スタート」


 空是は自分のフェイスグラスに経過時間を表示させた。


 「20分?30分か?首都攻撃だ。生半可な覚悟で来るわけがない。40分まで考えないと駄目か?」


 避難を開始しながら、空是はそらいろと連絡がつかないことを残念に思った。




 「見て、もう一隻!」


 空を見ると、二隻目のハッキングクラフトが穴から現れた。


 「最低、200人…」


 空是が被害想定をする。200人のギグソルジャーを200人の現実の兵士と同じと考えてはいけない。電脳世界の兵士であるギグソルジャーはすべての面で現実の兵士を上回り、さらに追加の兵装や攻撃の要請ができる。その数は一人一回程度だが、


 「下手すりゃ、浅草全体がやばいかも」


 2つの揚陸艦から、2百本以上の蜘蛛の糸が同時に飛び出し、東京の一区画を完全に飲み込もうと広がっていく。その中の幾筋かが、軌道を変えてこちらに向かってきた。


 空是たちは、急いで浅草のオフィスビルの一階のエントランスホールに身を隠した。


 建物の中には同じように避難してきた家族連れやサラリーマン。普通の通行人が一本づつ柱に隠れている。それぞれがフェイスグラスを起動しててガラスの玄関越しに外を見ていた。


 外ではのんきに空を見上げている人が多く、避難している人たちを奇異な目で見ていた。


 「東京なんて住んでると、ギグソルジャーに襲われるなんて思ってもいなかったんだろうな!」


 柱に隠れながらクラスメイトたちが話している。


 「首都攻撃なんて今までなかったもんね」


 「私達みたいに、攻撃された人の方が少ないんだよ、日本じゃ」


 空是が玄関ロビー内の避難した人達の顔を見る。全員に攻撃を受けた経験のある人間特有の真剣さがあった。 


 東京の人たちが空を見上げて撮影している。なにかのイベントと誤解しているのか。避難している人たちの言葉に反応もせず、その場に留まっている。


 いい的だった。


 空を降下しているギグソルジャーが巨大な機関銃を撃ち始めた。通りの始まりから終わりまで、津波のような着弾が駆け抜けた。 


 メタアース内の全ての広告がドミノのように吹き消されていく。道路の舗装が巻き上がる。道に立っていた若者たちのデジタルコスメが無残に破壊される。


 立っていた不幸な人達はデジタルデバイスと個人情報が破壊され、血しぶきとクリスタルの破片を飛ばして、通りを赤く染めた。


 襲撃された経験のある高校生たちが目を閉じる。目の前の道を破壊の嵐が通り過ぎた。


 一瞬にしてメタアース内の空間が廃墟と化した。


 フェイスグラスを付けて銃撃を受けた人達がその破壊跡で立ち尽くしている。いきなりの破壊映像に襲われショックを受け、自分のデジタルデバイスが沈黙していることに驚愕している。そして、彼らの個人情報はもうこの世に存在しない、それを知るのはしばらく後の事になるだろう。彼らの半分、デジタルな半生が吹き飛んだのだ。


 フェイスグラスを付けていない老人たちは、なにも気づいていない。この国の首都が攻撃されたということが、まったく見えていない。


 彼らからすれば、いきなり街中の人間が意味不明なフラッシュモブを始めたようなものだった。


 柱の陰に隠れて息を呑むクラスメイトたち。フェイスグラスを外してしまえば、恐怖を感じることはないが、完全に無防備な状態になってしまう。暗闇に裸で飛び込むようなものだ。


 「みんな、なにもってる?」


 空是が聞くと、それぞれが携帯を見せる。


 大した戦力はないということだ。携帯とフェイスグラスだけではアバターを呼びだせても複雑な戦闘はできない。 携帯の仮想コントローラーとPCの完全操作のギグソルジャーでは、戦っても勝ち目はない。


 「空是は?」


 空是は恥ずかしそうに自分の携帯を見せた。彼も旅行ということに気が緩み、なんの準備もしていなかった。


 ビル前の道路に重武装のギグソルジャーが3体着地した。着地の重低音がエントランスホールに鳴り響く。着地した兵士たちが、生き残りの一般人を無差別に攻撃する。


 柱の影に身を隠し、その射撃音と悲鳴を聞いているしかなかった。空是は時間を確認したが、まだ3分しか経っていなかった。


 「援軍は来ないのかな」


 女子の涙声の質問に宮下が答える。


 「都内だぞ、きっとすごいギグソルジャーの部隊がいるって。すぐここにも来てくれる」


 空是はマップを開き確認する。今、彼らはスカイツリーと浅草の間あたりにいる。クリッピングフィールドを半径3キロとしても、東京駅は入らない。


 「本攻撃じゃない?」


 東京は攻撃しているが、主要機関が攻撃範囲に入っていない。首都攻撃のためのテストという可能性を考えるが、テストであっても驚異としては本物であり、大攻勢といっていい。街のいたるところで射撃音と爆発音が響いている。


 空是はマップを閉じ、ギグソルジャーアプリ「WAR:KAR:GIG」を起動する。それを見てクラスメイトも起動する。いざとなれば、このビルで籠城戦をしなければいけない。見上げるとエントランスルームの高い吹き抜けが5階辺りまで続いていた。


 空是は全ての設定画面を開いてアバターの設定をいじる。こんな携帯の画面ではまともに戦えるアバターは出せない。固定砲台にすることも考えたが、自分だったら秒で処理できてしまうのでやめた。


 「みんな、要請コマンドは?」


 武装要請、攻撃要請。戦況を逆転する有料サービスだが、みなクールダウン中だ。一度呼び出すとクールタイムを必要とする。そうでなければ、戦争は始まった瞬間に空爆だけで終わるだろう。全員が昨日までの戦闘で使ってしまっていた。当然、空是もだ。


 設定を弄くり続けた空是が一つの答えを出した。


 「これしか・・・ないか」


 それは空是の背後にアバターの上半身だけが固定されている状態。


 移動操作は完全に捨てた。操縦者の背後に固定され、攻撃だけを行う。照準は不安だが目線入力のみ。武器使用は携帯のトリガーボタンで行う。


 「大丈夫なのか、それ…」


 上半身だけの大人を背負っているような空是の珍妙な姿に、みんなが不安の声を上げる。砲台となったアバターを背負って本人が走るのだ。旧日本軍でも、もう少しマトモな特攻兵器を作っている。


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