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「理子、たまには部屋を片付けなさいよ」

「へーい」


 ソファに寝そべり、クッションに頭を埋めながら私は無気力に答えた。

 平日はボロ雑巾のように働く社会人には貴重な休日。そんな日は自堕落に何もせずに過ごす。うん、それが一番。それなのに。


「もう、ゴミはいつものように出したの? 先月も来た時出してなかったじゃない」

「この前送ったミキサーのソフト、使ってみた? あれ、中々レシピがいいのよ」


 そんな自堕落な休日に突然の姉の訪問である。

 こんな私とは正反対な性格の、しっかり者の姉。心配症なのはいいけど、少し過保護なんじゃないだろうか。お姉ちゃんが心配しなくても、ちゃんと私はしっかり生きています。だらだらとした生活をだらだらこなせるぐらいには健康ですよ。私は今、身を持ってそれを示しているつもりなのだけど。

 姉は節操なく私の家中を探索し回っているらしい。突然、何かを見つけたように意外そうな声をあげた。


「へー、あなた、料理なんてするの。珍しい。まともなもの食べてないと思ってたけど、自炊は試してみてるんだ」


 ふと姉の口から変な言葉が聞こえてきた気がした。え、手料理?


「しかも肉じゃがなんて結構ちゃんと料理してるじゃない。好きだったものね、肉じゃが。レシピもカスタムしてメモするなんて」

「え、待って。料理、肉じゃが?」

「今度、私にも作ってよ。味みてあげるから」


 姉がよくわからないことを言っている。肉じゃが?

 自動調理の環境が整ったこの家でさえ、自炊なんて選択肢は頭にない私が。私の食卓はコンビニの弁当のループしかあり得ない。

 そう思って、クッションに埋めた顔をあげ姉の方を見ると、台所のタブレットを覗いている。この家に備え付けてあった、キッチンと連動したモデルだ。


「レシピは昔ながらのものね。あなたのことだからもっとシンプルにしたもの想像してたのに。意外と凝ってるのね」


 タブレットを見ながら姉はまだ肉じゃがの話をしている。なるほど、これも亡霊の仕業か。その肉じゃがを作ったのは私ではない、前住んでいた亡霊さんだ。そのレシピデータが残っていたらしい。たまたまよく呼び出していたレシピデータがすぐ表示されたのだろう。


「じゃあ私はそろそろ行くから、たまには実家にも寄りなさいよ」

「うん、わかってる」


 姉が帰ったあと、台所のタブレットをスクロールしてみた。肉じゃが、カレー、生姜焼き。よく見る家庭的な料理のレシピが上の方に並んでいる。レシピのレパートリー数自体は少ないが、毎日のように立ち上げていた履歴もある。料理が珍しいこの時代に、恋人に毎日手料でもしていた、そんなところだろうか。

 そんなことを考えて、タブレットを操作していたら、天上のスピーカーからお節介な声が聞こえてきた。


「久しぶりのお料理でしょうか? 本日の御夕飯はどちらのメニューを……」

「いや、いいよ」


 即座に答え、本日の夕飯を調達しに玄関に向かい、その亡霊がキッチンに立つ後ろ姿を想像してみた。恋人と一緒に過ごす休日。誰かのためにする料理。正直、羨ましくないと言ったら嘘になる。でも私にはできそうもない。きっと姉さんみたいによくできた人なんだろうなと思う。


 邪魔が入らない日でも亡霊の残穢は悪さをする。


「朝、6時になりました。起床の時間です」


 けたたましいアラームと同時に自動でカーテンが開かれる。窓から光に照らされ、私は突然夢の世界から現実の世界に戻された。


「ねえ、今何時だって?」

「現在の時刻は6時1分です」


 6時?

 6時に起きることなんて私にはできない。生理的に。あと2時間は寝れるじゃないか。


「アラームはセットしてなかったよね」

「先日も先々日もこのお時間に起床されています」

「そんなわけあるか!」


 どうも、おかしい。そんな時間に起きようとした記憶はこの数年遡ってたってない。そもそも起きれそうもない時間にセットするほど私も愚かではない。

 ぬくぬくとした布団を被り、ぼやけた頭で起きるか起きないかの葛藤を心の中にしつつ、私はふと思いついたことを聞いてみた。


「アラームはいつセットされたの?」

「アラームは2029年1月4日に追加されました」


 私がここに住む5年以上も前だ。つまりはまた前の住民のデータか。それが今日に限って、突然読み込まれたのだろうか。とうとう亡霊さん、私の安眠を遮ることをしてくるまでになったか。

 私は眠気からふにゃふにゃになった口調で命令を下す。


「そのアラーム設定は削除。8時に上書きして」

「承知いたしました。目覚ましのアラームは8時に設定いたしました」


 その声を聞き、再び幸せな布団の中に体を埋める。貴重な睡眠時間を取り戻すために。

 眠りに落ちていき、ぼやけていく頭の中で私はふと考える。6時に起きるって、結構しっかりした人だったのだろうか。朝の勉強とかしてたのかも。何か資格とか取ろうとしてたりとか。

 私とは大違いすぎる。そんな人の生活を想像しながら、私は夢の世界に再び落ちていった。

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