剣闘人形《グラディドール》〜異世界に転生したら剣闘士として戦う人形だったので借金少女の為に戦って彼女の心を手に入れることにした

武海 進

第1話  血溜まりの出会い

 まだ死にたくない、もっともっと生きたい。


 死の淵をさ迷いながら病床で藻掻き苦しむ未来は生を強く願った。


 何故なら年若い彼女には叶えないままでは死んでも死にきれない夢があったからだ。


 それは強くなること。


 それもただ強いのではない、世界で一番強い人間になりたいとずっと夢見ていた。


 幼い頃から大病を患っていたせいで、まともに学校に通うことすら出来なかった彼女の先生は、少しでも病室で退屈しないようにと両親が持ってくる本たちだった。


 様々なジャンルの本を読んだ彼女がなかでもハマったのが格闘漫画やファンタジー小説の類だ。


 彼女は病気で弱り、走ることもおぼつかない体の自分とは違う、強靭な肉体で戦う格闘家や戦士に憧れ、いつの頃からか自分も強靭な体を手に入れて血沸き肉躍る戦いがしたいと思うようになり、そんな夢を抱いたのだ。


 だが現実は厳しく、彼女の病気が良くなることは無く、寧ろ年々悪化していった。


 18の誕生日を迎えるころには病院で全身に生命を維持する為の機械から伸びるコードやチューブが繋がれて何とか命を繋ぎとめている状態にまで病状が悪化してしまい、誕生日当日に容体が急変してしまい、主治医にも手の施しようがなくなってしまった。


 どんどん霞む意識の中、どんなに生を強く望んでも消えゆく彼女の命の火を繋ぎとめることなど出来る訳はなく、彼女が入院していた病院だけを襲った謎の超局地的地震と共に彼女は短い生涯を終えた。



「何がどうなってんだよ……」


 次に意識を取り戻した未来は、自分の目の前に広がる光景に絶句した。


 手術台のような物に寝かされている自分の体の上に、少女が血まみれで倒れていてたからだ。


「おい! 大丈夫か! しっかりしろ!」


 少女は完全に意識が無いらしく、身じろぎ一つしないので一瞬死んでいるように見えたのだが、僅かに胸が上下しているので辛うじて生きてはいるらしいことが分かる。


 少女が生きていることに未来は少し安堵する。


 しかし少女が危険な状態にあるのは変わりはなく、なんとかしなければという焦燥感が未来を襲う。


「おい! 誰かいないのか! 死にかけの怪我人がいるんだ!」


 声を張り上げて助けを呼ぶが、周囲に誰もいないらしく、誰かが駆けつけるどころか返事すら返ってこない。


 どういう状況か全く理解出来ない未来はとにかく目の前の少女を助ける為に行動することにした。


 まずは少女を床に落とさぬように慎重に起き上がろうとする。


 すると、何か金属の塊が床に落ちる音と共に自分の体に鎖で雁字搦めにされているのに気付いた。


「何だこりゃ。ガキの頃にベッドから逃げ出そうとして暴れまくるからってベッドに縛り付けれたことはあったが鎖で縛るって俺どんだけ暴れたんだよ……」


 患者の安全のための拘束、というには些か厳重過ぎる拘束ではあったが、鎖は端が固定されておらず少し体を動かしただけであっさりと外すことが出来た。


 部屋の中に照明器具の類が無いらしく、薄暗くはあったが窓から差し込む淡い月明かりで未来は少女の傷の位置を確認する。


「クソ! 首筋がバッサリ切れてやがる! 手にナイフ持ってるってことは自殺でもしようとしたのかよ!」


 生を渇望した彼女からすれば自ら命を絶つなど理解できないどころか怒りすら覚える行為なのだが、だからと言ってそれを理由に少女を見殺しにする訳にはいかない。 


 応急手当をする為に未来は少女が着ている服を破ると首に押し当てて止血をする。


 そのまま台から少女をお姫様抱っこをして降りた未来は部屋の中を見回して見つけたドアをけ破って通路に飛び出る。


 廊下にでも出ると思っていた未来は、ドアを開けてすぐの階段に勢い余って突っ込んで転げ落ちそうになったが踏みとどまり、少女の体をなるべく揺らさない様に気遣いながら急ぎ足で階段を下りた。


「クッソここも明かりねーし! 誰もいないのかよ!」


 再び声を張り上げてみたが誰も居らず、またドアを見つけた未来は同じように蹴破って外へと飛び出した。


 ようやく建物の外に出ることが出来た未来は再び驚くことになった。


 彼女は自分が入院していた病院の入ったことの無い部屋か何かにいたと思っていたからだ。


 だから外に出たら見慣れた駐車場や24時間経営の大型のスーパーがある筈だったのだが、実際に外に合ったのはレンガ造りの家々だった。


「何がどうなってんだ……遊園地かなんかなのかここは?」


 一度も行った事は無いので正直遊園地という感想が合っているかは未来には分からなかったが、自分の置かれている状況が益々分からなくなった彼女の思考はパンクしてしまい、血塗れの少女を抱えたまま動けなくなってしまう。


「ん……く……」


 腕の中で少女が苦し気に呻いた。


「そ、そうだ! とにかく今はこの子を助けないと!」


 自分がどういう状況に置かれているかは今は重要ではない未来は呆けてしまった自分に気合を入れ直す。


 とにかく少女を助けることが最優先であり、自分のことなど後回しで良いと思い直した未来は今度こそ誰かに届くように祈りながら声を張り上げ助けを求める。


 しかし家々の扉は閉ざされたままで、石畳の通りには人の気配すらなかった。


 だが、ここがダメなら人か病院を見つけるまで叫びながら移動すればいいだけ、と腹を括った未来は諦めずに叫びながら通りを走り出す。


 腕の中の少女の呼吸がどんどん浅くなり弱っていく様子に未来は焦りながらも走っていると、前方からようやく待ち望んでいたもの、明かりが見えた。


「おい! こんな夜中にうるさいぞ!」


 うるさいのはそちらも同じだと返したくなるような声量で注意しながら同じ青い制服を着た二人組の中年が未来に駆け寄ってくる。


 石畳に足を取られてコケそうになりながら急ブレーキを掛けて止まった未来をランタンで照らした二人組は驚きのあまりランタンを手から落としかける。


「お、お前自動人形オートドールか!」


 二人組が驚くのも無理はない。


 二人が騒いでいる酔っ払いだと思っていたのが、血塗れの少女を抱えた魔法によって作られた自動で動く人形だったのだから。

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