第27話 褒章

 ブガーロ親方は、昼も過ぎさり漸く客が途切れたところで、ジーノ・ロッセリーニの前に「やれやれ」と腰を落ち着けた。

 表の商売などと言っているが、こうしてみれば、宿屋の親父そのもので、ブガーロ親方自身も半ば以上はそう思っている節もあるように見えた。


 アニータは父親が戻ると同時に「お母さん手伝ってくるわ」と言って、席を立った。そんな娘の背中を見て、ブガーロ親方は「一体何を手伝う気でいるやら。奥でワインで飲んだくれていても不思議じゃありません」と言った。

 

 暫く世間話に花を咲かせた末に、ブガーロ親方は思いついたように「狼王のローブ《アビート・ダ・レ・ルーポ》ですか。下賜されたと聞きました」と言った。

「良く知ってますね。そんな事」と言うと、「まぁ蛇の道は蛇って言葉は好きじゃないですが、噂話で聞くに大層なお宝だとか」と、事も無げに言う。

「―――お宝。お宝なんでしょうね」とジーノは曖昧に答えた。


 見たのは秋の褒章の式典にジーノ・ロッセリーニとして初めて参加した席だった。

 慣れぬ礼装に身を包み、ひとしきりアニータに嘲笑された後、父ロッセリーニの公式な式典に参列した。

 秋の褒章はこの一年、市に功績のある人々にアルフレッド・ロッセリーニより褒章を与えるという名目で開かれている授与式だった。

 この儀式自体は随分と長く行っている筈で、収穫祭も元々はこの褒章式をきっかけとしているに過ぎない。


「永年の名誉としてでしたか。ただ、それで家宝を下賜するってのは剛毅ですな」と親方が言いながら干菓子を摘んで口に運んだ。そう言えば好物だと言っていたことを思い出した。

「騎士アンニバーレ・ヴォーリオ。ロッセリーニ市騎士団の団長であり、永年の市街防衛の任に貢献をした功績を認めっていう名目ですが、元々は過去にあった他国との諍いを退けて見せたって事が大きいって聞きます」

「ご覧になられましたか」

「見ましたね。初めて見ましたが、あれほどの物とは」とジーノは言った。

 

 狼王のローブは、ロッセリーニ家に伝わる秘宝とされている。

 何代前の話か知らないが、森に巨大な狼が住み着き市に脅威を与えていたが、当時のロッセリーニと騎士がそれを討ち、その皮を記念にしたという事が逸話だが、ジーノは眉唾に思っていた伝説だった。

 曰く、黒い毛皮は常に射干玉ぬばたまに光を帯び、纏ったものに力を与え、王たる証を与えるとされている。ローブというからには長い物なのだろうが、なんと一枚皮だと言う。


 そんな大きな狼がいるものか。とジーノは思っていた。

 が、実際その漆黒のローブを肩にかけた騎士アンニバーレの威風は堂々とし、どの騎士道物語に顔を出しても遜色もない立ち振る舞いにみえる。

 銀に輝く板金鎧が黒いローブの合間から見え、一種凄惨な美しさを放っているように見えた。


「もちろん、アンニバーレさん自身、立派な人ですからね。伊達に騎士団の団長を十五年近くも任されていない」

「王と見紛う威風ってことでしょうか」と、親方は言葉尻を盗み言った。

「王の前で、王ってのはなかなか言えないんでしょうけどね」とジーノは応じた。


 ふと式典の席にいたアルベルトの事を思い出した。

 一切話もしなかったが、ピッポの事に触れるでもなく、大人しくしており、式典が終わったら帰っていった。

 どこかおかしいと思ったものの、上手く言葉に成らなかった。

 そう言えば、あのおしゃべりが、ただの一言もしゃべらなかった。

 父や母に何かというでもなく、ただ来てそして帰って言った。

 

 どこか異常を感じる。

 大きな建物の中に居るが、すでに大きく建物が歪み、軋みの音もしているが、果たしてどうすればいいのかが分からない言う感じの、居心地の悪さを感じる。 


「どうかしましたか」とジーノがふいに黙ったのを不審に思った親方が、言った。

 うまく説明もできないので、「いや、まぁ気のせいです」と応じた。


  昼も過ぎて、往来に差し掛かっていた陽が少し陰りを帯びた様だった。

  気の早い居酒屋はここぞとばかりに灯りを灯して客を誘う。このハレの日はもう四日程は続く。祭りは始まったばかりであった。

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