第31話 紅白vs紅白

 制限時間はあと五分。空は快晴。

 戦場は障害物皆無の灰の雪原。


 正真正銘の一対一だ。


「貴女とは決勝で決着をつけるつもりでしたのに、こんなことになるなんてね」

「珍しく同意するわ。でもこの方が観客を気にせず好き放題できるってもんよッ!」


 そう言うとレティシアは羽ばたいて飛び退りワタクシから距離を取った。


「あら、頭に筋肉以外も詰まってたのね。武器持ちのワタクシに全敗中のレティ」

「言ってなさい。被害を気にしないアタシとは一度も勝負したことのないツェツィ」


 げっ。なるほど。それはマズい。


 武器持ちのワタクシとの接近戦を嫌って距離を取り火力勝負に持ち込むつもりか。


 遠距離火力の応酬でワタクシに勝ち目は皆無。

 ここからどうにか距離を詰めて、接近戦に持ち込まないといけない。


 だがそう考え動き出そうとした瞬間、本日三度目の壮絶な寒気がワタクシを襲う。

 全身の産毛が逆立ち、胃がひっくり返る。


 レティシアはまたアレを打つ気だ。

 あの炭の大河を作った術を。


 あの馬鹿げた射程範囲、発動されたら回避不能。

 あの凄まじい火力、持ち合わせる如何なる手段でも防御不能。


 かといって発動前に切り捨てられる保証もない。

 

 ならば、ワタクシができることは一つ!

 同属性で相殺するしかない! 

 人類最高峰の火属性使いの誇りに賭けて!


「紅蓮よ、中劫刻む地獄のシ者よ! 覇を競う永遠とわかたき永久とこしえの贖罪を! 罪滅ぼしの赤き蛇ネフシュタンインフェルノ!」


ほむらよ、星々射抜く竜の炎よ! 我と比肩す人の子に王の威を示せ! 魔竜咆哮巨星失墜シューティングスター!」


 ワタクシが一瞬先に唱え終え、身の丈の十倍はある炎が灼熱の大蛇を形作った。


 だが大蛇の顎が届くより先にレティシアの目前から見渡す限りの炎が噴き出す。


 炎の大蛇と炎の壁がワタクシの目の前で鍔ぜり合う。視覚上は圧倒的火力差、どう見ても大蛇が押されている。


 だが、ここで相殺できなければどうせ負けだ。


 ワタクシは剣を握りしめて、意を決してレティシアへと駆け出した。


 灼熱の熱気が肌を焼く。


 大蛇の腹の下を駆け抜けてワタクシは炎の壁に激突する──。

 

 ──その刹那、燃え上がる蛇と壁が火の粉を散らして掻き消えた。


 相殺成功だ! 


 だが、ワタクシの目に飛び込んできたレティシアの表情は、悲哀の欠片も無い歓喜に満ちたものだった。

 

 まあ、楽しそうな顔しちゃって。

 まあ、ワタクシもそうなんだけど。


魔力付与エンチャント火蜥蜴サラマンダー!」

偶像解除アンヴェイル竜爪クロー!」


 二人同時に自らの武器を強化してお互い相手の急所を狙う。


 十四戦目にして初めての命の取り合いだ。どうしようもなく胸が高鳴る。

 本気を出し切らせてくれた会場と護符に感謝だ。

 

 つまり、サリサ先生とラファエル先生に感謝? なんか嫌ですわね。

 

 どうでもいい思考が頭をよぎる間に一合、二合、三合と打ち合い、躱しあう。


 これ、このまま打ち合ってて勝てるのかしら? 

 それよりもっと──。

 

 そう思った瞬間、レティシアの左脇腹の位置に隙が生まれた。


 った! 


 その瞬間を見逃さず、ワタクシはレティシアの脇腹に深々と剣を突き立てる。そのまま上半身を逆袈裟に斬り上げて止めを刺す──。


「なっ」


 だが斬り上げようとした剣が微動だにしない。

 レティシアは自分の腹に突き立った剣を両腕でがっちり握っていた。


 竜姫がニヤリと微笑む。


 そして、馬鹿力で剣を真っ二つにへし折った。

 

 肉を切らせて骨を断つ。レティシアの狙いは武器破壊、腹の隙はわざとだ。


「くそッ!」


 ワタクシは悪態をつきながら必死に左腕で首元に殴りかかった。レティシアはそれをヒョイと躱して、カウンターの蹴りをお見舞いしてくる。


「盾よ!」


 ワタクシのお腹に良い感じの蹴りが入る。


 斥力の盾で防いだものの、まともに喰らえば即死は免れない竜姫の一撃で、ワタクシは数メートル吹っ飛んで灰の大地で二転三転する。


 汗でビショビショになっている白いブラウスに灰がこれでもかとこびりついた。


 そして、遠くでレティシアが嬉しそうな高笑いを上げる。


「アッハッハッハッハ。は~い、おしま~い。アタシの読み勝ち~」


 レティシアは自分の脇腹に刺さった剣を引き抜いて捨てる。


 お腹が金色に光り、傷が塞がった。生還の護符のダメージ代替効果だ。

 これを織り込んでのダメージ覚悟の作戦か。


 そしてワタクシの剣の柄を拾い上げ、灰まみれで地に伏すワタクシを見下す。


「へっへーん、武器無しだとアンタの勝率、どのくらいだったっけ?」

「ウフフッ、その条件ならワタクシの六戦全敗。つまり〇%ですわね」


 ワタクシは左手の拳をしっかりと握りしめながら答える。


「そうよね! つまり、今からどう戦ってもアンタに勝ち目は無いってことよ!」

「ウフフフッ、そうね。素手でレティと戦ったらワタクシが勝てるわけないわね」


 ワタクシは右手で灰を払いながらゆっくり立ち上がる。

 だがいくら払っても灰は湿った服の上に広がるばかりで埒が明かない。


「あら、随分聞き分けが良いじゃない? おじさんに謝る覚悟が決まったの?」

「ウフフフフフッ、謝ろうとはとっくに思ってましたわ。頭を打ったあの時にね」


「…………アンタ、さっきからなんで笑ってんのよ、気持ち悪いわね」


 絶望的な状況の中、不敵な笑みを浮かべるワタクシにやっと気づいて、レティシアが怪訝な表情をする。


 ワタクシはじっとレティシアを見つめ、握った左拳をかざして言った。



「これ、な~んだ?」



 そして、ワタクシは会心の笑みを浮かべながら左拳を開いた。

 すると、金色の鎖に繋がれ天使の羽が象られた護符がジャラリと零れ落ちる。


「えっ?」


 レティシアはそれを見て自分の首元を握る。

 が、その拳は何も掴むことなく空を切った。


「あっ──あーッ! それッ! アタシのッ!」


 そう、これはレティシアの生還の護符だ。

 ワタクシは同じものを自分の首に下げている。


「護符を外して十秒以上経過した場合も敗退、でしたわね?」


 ワタクシは対抗戦のルールを復唱する。

 

 あの攻防の時、ワタクシはレティシアが剣狙いとわかった刹那、目標を撃破ではなく護符の奪取に切り替えた。そして、剣を折られてヤケクソになったような振りをして、レティシアの首元の護符を奪い取ったのだ。


「か、返せーッ!」


今頃気づいてももう遅い。駆け出すレティシアの体をゆっくりと金色の燐光が包む。


「はい、十秒。お喋りが過ぎましたわね、時間切れですわ」

「な、納得いかないッ! タイマン勝負はあたしの勝ちでしょぉおおおッ!」


「ええ、だから謝るわ。おじさんにはホントに悪いことをしました、ごめんなさい」

「うぐっ」


 ワタクシは素直に頭を下げ謝罪を述べた、予想外の反応にレティシアが怯む。

 そしてワタクシは頭を上げてすぐにケロッと表情を変え、ニヤケ面で言い放った。


「でも試合に勝ったのはワタクシだから、新聞の宣伝の約束、守って頂戴ね?」


「お、覚えてなさいよ! ツェツィーーーーッ!」


 まるで三下悪役みたいな捨て台詞を吐いて、火竜の姫は医務室に消えていった。

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