第27話 開催! 校内魔術対抗戦!

「待たせたの皆の衆! 王都の式典で学園長不在のため、本日はこのアルハンブラが代理を務めさせて頂く! ではこれより第四回フリーデンハイム学園魔術対抗戦を開催する!」


 観客席の埋まった修練場に魔術で拡声されたしわがれ声が響き渡る。

 昨日応接室で言っていたように学園長代理のアルハンブラ先生が開会を宣言した。


「では今年のゲスト講師、サリサ=ネーベルラント=エルネストから一言賜りたい」


 貴賓席に立つアルハンブラ先生。その隣の席に座る長身のエルフが立ち上がった。


 陽光に美しい銀髪が煌めき、観客席の生徒がざわめき出す。


「初めまして、フリーデンハイム学園のみんな、ワタシがサリサだ。エルフの魔法使いといった方がキミたちには通りが良いかな?」


 サリサ先生の炭を叩くような透き通った声が響きそれだけで修練場が静まり返る。


「人魔大戦の終結から十五年、まだいくつかの小競り合いはあるものの今この世界は平和そのものだ。七千年の昔、創世の時代からワタシはこの世界を見てきたが、こうして人魔が手を取り合う日々が続くとは夢にも思っていなかった。その人魔融和の象徴たるこのフリーデンハイム学園の地を踏めたことをワタシは本当に光栄に思う」


 サリサ先生が指を弾くとリングの中央に淡い緑色の立体映像が浮かぶ。


「キミたちはこの学園で種族の垣根を越えて学び、かけがえのない友を作るだろう。因縁も損得も関係無く手を取り合える仲間を。それが全てキミたちの力となる。そう、キミたちはこの世界の希望そのものだ。互いに手を取り合い素晴らしい世界を目指して欲しい」


 立体映像に世界樹の周りを様々な種族が手を取り合って囲む様子が映される。


「だが、今日は祭りの日だ。今日だけはハメを外し、大いに力を競い合って欲しい。一切を飾らぬ死闘の中でこそ深まる絆もあると、このワタシが保証しよう」


 先生はもう一度指を弾く。

 すると立体映像の世界樹が火柱となって消え去り、それを取り囲んでいた者たちがお互いに向かい合って魔術の応酬を始めた。


「ワタシは退屈が嫌いだ。ゆえにキミたちには全身全霊一心不乱の戦いを望む。そして、それができるに相応しい舞台をワタシ自ら用意したつもりだ」


 先生がさらにもう一度指を弾く。


 平原、密林、山岳、湿地、砂漠、雪原、海原、城塞。


 中央リングの上空に八つの異なる景色が映し出された。


「キミたちは世界で選りすぐりの強者だ。キミたちの親がではない。キミたち自身がそうなのだ。それを心に刻み勝利のために全力を尽くしてくれ。面白いものを期待している。以上だ」


 先生が席に着くと会場に大喝采が響いた。


 あのエルフの魔法使いが、家柄ではなく自分自身を見て期待している。


 その事実に人魔問わず多くの生徒が心を打たれたようだった。


「あのサリサ先生に演説の才能があるとは思いもしませんでした」


 紅玉の観客席に座るワタクシの隣でヤル気のない拍手をしながらジゼルが呟いた。


「あの女の言葉は良い意味でも悪い意味でも偽りなく真っ直ぐだから、心に直接ダメージを与えてくるのですわ。本人に煽る気は一切無いのでしょうけどね」


「皆の衆静粛に! ありがとうサリサ、キミらしい歴史の籠った素晴らしい挨拶だった。それではこれから今年の対抗戦のルール説明に移る!」


 アルハンブラ先生が会場を沈め、宣言する。

 さあ、いよいよ今年の競技内容の発表だ。


 ラファエル先生から聞いた話では例年の競技は、学園に放たれた無害な魔獣を捕まえるだとか、サンドバックを魔法で吹っ飛ばす火力比べだとかだったらしい。


 だがあの女がそんな生っちょろい競技を用意するとは思えない。


 ワタクシが身構えていると中央リングの上に双子のレプラコーンの教師が現れた。


「今年は予選と決勝の二部構成です。あえて先に決勝の方から説明します、ハイ」

「決勝はこのリング上で行われる一対一のトーナメントです、ホイ」

「それぞれの予選を勝ち抜いた八人が出場し、優勝を争います、ハイ」


「決勝のルールは予選と同じですので、これから予選のルールを説明します、ホイ」


 双子のレプラコーンの教師──本名が長ったらしくて覚えるのが面倒なのでワタクシは脳内で仮にハイ先生とホイ先生としている──は頭上の八つの景色を指差した。


「予選は八ブロック、約三十五人ずつに分かれて戦うバトルロイヤルです、ハイ」

「平原、密林、山岳、湿地、砂漠、雪原、海原、城塞。これからみなさんはこの八つの戦場のどれかに転移して、最後の一人になるまで戦って貰います、ホイ」

「転移先とブロックの他のメンバーは不明、転移してみてのお楽しみです、ハイ」


「それではみなさん、身に着けて頂きました護符をご覧ください、ホイ」


 ワタクシはホイ先生に促され、自分の首から下げられたペンダントを見る。

 天使の両翼が象られた金色の護符だ。

 まったく同じものを隣のジゼルも下げている。

 それどころか一年生全員が。

 おそらくこれが、ラファエル先生がこき使われて作っていた護符なのだろう。


「それがみなさんの命を守る生還の護符、本対抗戦の最重要アイテムです、ハイ」

「効果は単純、装着者が致命傷を受けた場合に代わりに砕け散り、校医の待機する修練場の医務室に装着者を転移させるのです、ホイ」


「護符を失った時点で敗退となり順位に応じた年間成績点を進呈します、ハイ」


「決勝での優勝者には千点、準優勝者に五百点、準決勝進出者二名に三百点、予選の一~三位に等しく百点、それ以下の参加者に等しく二十点を進呈します、ホイ」

「また、予選で一人を敗退させる度、撃破者には十点を進呈します、ハイ」


 年間成績点の話で会場が再びざわめいた。


 年間成績点は定期テストの成績と、出席で加点される学園独自の成績システムだ。


 九十分一コマの授業参加が一点で、一日のコマ数が四コマ、年間で八百コマ程度だから、皆勤賞で八百点。年六回の定期テストで六百点。それと今回のようなイベントで追加点。


 そして、年間成績点が年度末に千点を切ると問答無用で留年だ。


 つまり、逆に言うと対抗戦で優勝してしまえば学園公認で授業に出る必要が無くなるということだ。

 それ即ち四六時中エロゲ制作に全力投球できるということに他ならない。


 どうやらインフルエンサーを目指す以外にも負けられない理由ができたようだ。


「ツェツィ様、お顔が乱れております」

「おっと、ごめん遊ばせ。淑女にあるまじき表情でしたわね」


 ワタクシは我に返り扇子で口元を覆って邪悪な笑みを聖女の微笑に修正した。


「また、護符を外して十秒以上経過した場合も敗退となり転送されます、ハイ」


「護符が外れても十秒間は装着者と認識され護符の効果は有効ですので、みなさんは自身の死や相手の殺害を恐れる必要はありません。存分に本気を出して頂いて結構です、ホイ」


「それでも万が一が無いよう予選の様子はアッシの使い魔の視界で会場と中継しております。不測の事態があれば対処しますので安心して競い合って頂けたらと思います、ハイ」


「とは言っても口だけのこのウスノロでは間に合わないこともあろうかと思いますので、何かあればワッシが駆けつけますのでご安心ください、ホイ」

「とは言っても非才なこのボンクラでは対処できない事態も数多あろうかと思いますので、アッシが駆けつけますのでご安心ください、ハイ」


「お?」

「あ?」

「二人とも、説明の続きを頼む」


 急に怒りが沸点に達しかけた二人をアルハンブラ先生が制止し続きを促す。


「失敬。また護符を失わなくても、戦場外に十秒以上出た場合は敗退です、ハイ」

「最初の戦場の広さは学園と同程度ですが、徐々に戦場は狭くなってきます、ホイ」


「制限時間は二時間。最後は戦場の中央で一人の勝者を決めるのです、ハイ」


「今大会は生還の護符以外の魔力の籠っている物品の持ち込みを禁止します、ホイ」


「ルールは以上です。以降ルールの解釈含め、質問は一切受け付けません、ハイ」


「では三十分後に予選を開始します。時間が来たら護符によって自動で会場に転移させられますので、それまでに各自用意を整えて待機していてください、ホイ」


 その言葉を最後にハイ先生とホイ先生はリング上から去った。


 生徒たちはざわめき、ある者はルールや作戦の相談を始め、ある者は戦いの用意のため颯爽と観客席を去っていく。


「だいたいわかったわね、ジゼル」

「はい、サリサ先生らしい超実践的でかつ参加者を試す陰湿なルールかと」


「それじゃあ、決勝トーナメントで会いましょう」

「はい、ツェツィ様もご武運を」


 ワタクシとジゼルは短く言葉を交わし、予選通過を誓い合って観客席から立った。


         ◆◆◆


「うーん、ちょっとコレは重いわね。でもこっちは短すぎるし」


 ショートソードを素振りしながら独りごちる。

 それが自分の手に馴染む品ではないことを確認すると、大量の武器が雑多に詰め込まれた樽に剣を戻した。

 

 視線を横に流すとこっちの壁にはバトルアックスやハルバードが並び、あっちの隅にはアイアンヘルムやレザーアーマーが積んである。

 

 ジゼルと別れたワタクシは修練場の武器庫にやって来ていた。


 もちろん予選に持ち込む武器を見繕うためだ。


 校内魔術対抗戦はその名の通り魔術の腕を競い合う大会だ。例年であれば、自分に合った杖や魔導具の持ち込みが許可され、それを用いて競技を戦う。

 

 一方、今年言い渡されたのは『生還の護符以外の魔力の籠っている物品の持ち込み禁止』だ。

 

 例年通り普通に考えれば、道具なしの身一つで魔術を競えと言っているのだろう。

 

 だが今回の競技内容はバトルロイヤルとトーナメント。

 そして敗北条件は、致命傷を受ける、場外、護符を失う、この三つだ。


 この中に何一つ魔術を要求する条件は無い。

 

 つまり、相手に致命傷を与える手段はなんでもよいということだ。

 

 そう考えると『生還の護符以外の魔力の籠っている物品の持ち込みの禁止』は、素手と魔術のみで戦えと言っているわけではないことがわかる。


 『魔力の籠ってない物品であれば武器だろうが何だろうが持ち込みOK』と言っているのだ。


 ワタクシは剣をとっかえひっかえしながら周囲を見渡す。

 

 参加者約三百人の内、ルールの意図に気づき武器を探しに来ているのが五十人弱。この他に、ジゼルのように武器庫以外の武器を使う者や、レティシアのようにそもそも武器を使う必要のない者がいるとしても、気づけなかった半数以上は素手で武器有りの参加者と戦うことになる訳だ。

 

 予選開始前の時点で有利不利が別れるとは実にサリサ先生が好きそうな仕組みだ。


「よし、これが一番近いわね」


 魔力の禁止制限に引っかかった愛剣シャルンホルストの代わりとしてしっくりくるショートソードを見つけたワタクシは、それを腰に引っ提げ武器庫を後にした。


         ◆◆◆


 武器を見つけてすることも無くなったワタクシ。

 後は転移の時間が来るのを待つだけだ。

 

 暇潰しを探すその足は自然と部室に向いていた。

 納屋のドアを軋ませ押し開く。


「あ、ツェツィも来たんだ」


 部室の中では、パメラが備え付けの乾パンを貪りながらくつろいでいた。


「ええ、準備が終わってしまったから暇潰しにね。貴女の準備はいいの?」


 ワタクシは腰のショートソードをトントンと叩きながらパメラに問う。


「私、武器使えないし。でもリオに言われなきゃ武器OKなんて気づかなかったな」

「力の強い魔族は道具を使う意識が希薄ですわね。それでリオは?」

「大急ぎで蒼玉寮に戻って行ったよ。『装備を選ぶのに三十分はキツ過ぎッス!』だってさ」


 爆弾や煙幕でリュックをギュウギュウにしたエルフの姿が目に浮かぶようだ。


 リオは魔法も得意だが、魔法が不得手な道具使いにも今回のルールは有利に働くだろう。例えば発明家の黒曜のドワーフあたりが勝ち上がっても不思議ではない。


「せっかく来たんだしツェツィもゆっくりしてきなよ」


 パメラが食べかけの乾パン袋を渡してくる。

 袋を受け取ってワタクシは何気なく問う。


「ねえ、パメラ、今回のルールで武器の他に何か気づくことはあるかしら?」


「えっと、まず会場がランダムなのは事前の用意をしにくくするため、つまり戦場への即応力を求めてるんだと思う。それと相手がランダムなのは、個人対策がし辛いってのもあるけど、一番は開始前の談合を防ぐため。サリサ先生はあくまで個人の才覚で混戦を勝ち残って欲しいんだろうね。その上で少し嫌らしい細工もあるよね。でも一番気になるのは、護符が致命傷を受けたら代わりに砕けて転移ってとこ、これツェツィはどう思う?」


 怒涛のように返ってくるパメラの考察。

 そう、これを期待していたのだ。

 いつものパメラは天然気味だが、この洞察力にはワタクシも一目を置いていた。


「ええ。一度に致命傷を受けなかった場合どうなるのかということよね。例えば四肢欠損みたいなダメージを負った時とか、毒を盛られた時、死に至るまでに大きなタイムラグのあるダメージを受けた時の説明がありませんでしたわね」


「うん。死や殺害を恐れる必要はないってはっきり言ってたから大丈夫とは思うけど、心構えはしといた方がいいかもね。あと制限時間で狭くなる戦場の端がどうなってるのかとか、中継の使い魔はどんなのとかは実際戦場で確認しないと何とも言えないかな──あっ」


 そうパメラが喋っているとワタクシとパメラの体が金色に光りだした。


「転移の時間ですわね。それじゃあ、パメラ、決勝トーナメントで会いましょう」

「うん、頑張るよ。ツェツィも負けないでね」


『一体誰に口を利いてますの?』


 その言葉が零れる前にワタクシは燐光に包まれて消えた。

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