第3章 異世界新聞お嬢様部

第16話 始動! 学園新聞部!

 連合歴二〇八年六月十四日。

 新聞部結成の翌日、ワタクシは放課後の部室にいた。


 淹れたての黒い液体から砂糖菓子のような甘い香りが漂う。

 口に含むと想像していた味とは対照的なほろ苦さが広がった。

 前世の原稿の修羅場で浴びるほど飲んでいた缶コーヒーとは一線を画す味わい。

 ジゼルの腕が超一流なのは当然だがこれは豆も相当な品だろう。


「おいしいわ。流石はワタクシのジゼルね。この豆はどこから?」

「ありがたきお言葉。コーヒー発祥の地、火と風の国ウィンダリアからです」


「ウィンダリアのコーヒー園はフリーデンハイム条約の奴隷解放で壊滅したときいていたけど?」

「はい、人間の荘園としてのコーヒー園は閉園しましたが、放棄されたそれを奴隷だったナーガたちが買い取って自らの事業として再起を図っているようです。もちろん以前より流通量が減りお値段も相当ですが、味はご賞味の通りです」


「とんでもないレアものじゃない。どうやって手に入れたの?」

「リオ様から譲って頂きました。昨日ケーキを頂いた後、部室改造の話で盛り上がりまして。おやつを充実させたいと申し上げましたらこのような運びとなりました」

「なるほど、エルネスト商会。本当に社訓の通り、命以外はなんでもあるわね」


 そう考えるとリオと仲良くなれたのは僥倖という他無い。

 将来的にエロゲを流行らせる段階を想定した場合、エルネスト商会の流通ルートは唯一無二の大きな武器となるだろう。


「はい。賜った品に失礼のないよう、ジゼルのできる限りをさせて頂いた次第です」


 そして、ジゼルは私室の食器やティーセットを移動させていた。

 おろしたてのテーブルクロス、白磁のポットやティーカップ、ケーキスタンド。

 どれもこのボロ屋にはそぐわぬ豪華な物だ。


 だが今後の活動拠点となるこの部室を改造するのはワタクシも吝かではない。


「うん。良い仕事は良い環境からよね。ワタクシも何か改造案を考えておきますわ」


 もう一口コーヒーを啜る。この苦みが甘いお菓子によく合いそうだ。

 ケーキスタンドに乗ったスコーンに手を伸ばす。


 すると隙間風吹き抜けるあばら屋のドアが勢いよく開いた。


「ごめん、待った?」

「すんません、課外授業でウィンダリアの砂漠に飛ばされたせいで遅くなったッス」


 初夏の涼風とともに、砂まみれのパメラとリオが入ってくる。


「いえいえ、ワタクシたちもついさっき来たところですわ」


 ワタクシは焼き菓子に伸ばした手を止めて二人を迎え入れた。


「え? めちゃくちゃくつろいでおやつ食べてるのに?」

「パメラ、馬鹿正直は貴女の美徳だけど、少しは社交辞令を学んでもよろしくてよ」

「外套をお預かりします、お二人ともこちらへ」


 ジゼルが二人に椅子をすすめ、砂まみれの外套を受け取った。


「ああ、ジゼルさん、ありがとッス。ラファエル先生は?」

「『しばらく護符作りで忙しいからみんなの好きにしててよ』って言ってましたわ」


 ワタクシはリオの疑問に答え、テーブルに着く二人に労いの言葉を掛ける。


「課外授業お疲れ様、部活は少しお茶を飲んでからにしましょうか?」

「いやいや、今すぐにでも始めたくてすっ飛んできたんスよ」

「うん、始めちゃおう。お菓子は食べながらでもできるしね」


 リオは言葉通りウズウズしながら、パメラは早速スコーンを摘まみながら答えた。


「いい返事だわ。それじゃ始めましょうか、ワタクシたちの新聞作りを!」


 ワタクシは高らかに新聞部の活動開始の宣言をする。


「さて、まずは一にも二にも原稿を作らないと始まりませんわね」

「リオ、この前のアレって他にもあるの?」

「はい、絵は無いッスけど文字だけのぶんなら、よいしょっと」


 リオが鞄から一枚の紙を取り出し、机に広げていく。

 一昨日ワタクシがダメにしたフリーデンハイム学園新聞の第一稿草案だ。

 ただ幼児の落書きのようなエルフの魔法使いの似顔絵だけは載っていない。

 リオ所有の活版印刷機で再印刷をしたものということだろう。


「ああ、リオ様、その節は申し訳ありませんでした」


 ジゼルがパメラとリオの前にコーヒーを並べながら謝る。


「いいッスいいッス、再印刷余裕ッスから。ウチの絵は無価値なんでノーダメッス」

「そうそう、むしろあの絵が人に見られるのを止めてくれたジゼルはリオの恩人だよ」

「パメラさん、絵のことに関してだけはめちゃくちゃ辛辣ッスよね……」


 気前よく笑ってワタクシたちを許してくれたリオを、パメラが悪意なく曇らせる。

 親友からの思わぬ攻撃にも屈せずエルフの商人はすぐ立ち直って話を戻した。


「さて、これが試作した一面の草案ッス。これをベースにして原稿を作りましょう」

「良いわね。というかもうこれに絵をつけて発行すればいいのではなくって?」


 ワタクシはリオの草案を褒めながら、『エルフの魔法使い失踪! 校内魔術対抗戦は中止か?』の見出しが踊る一面をトントンと叩いて言った。


「いや、それが実家から連絡があって、エルフの魔法使い見つかっちゃったんスよ」

「あ、よかった。先生どこ行ってたの?」


 スコーンの食べカスを頬につけたパメラがリオに尋ねる。またこの子は話を脱線させて。


「魔王領の大図書館に籠っとられたんスが、三週間前に行方不明になって、つい昨日商都の実家に現れたッス。失踪の理由は『懐かしい顔に会って来た』だそうッス」


「リオのおばあちゃんだったっけ?」

「いやいや。ひいひいひいひいひいひいひいひいひいひいひー、おばあちゃんッス」


 リオがひいの数を数え、両手で足りなくなって適当にごまかして答える。

 数百歳当たり前のエルフでこのひいの数は尋常ではない。最早神仏の類だ。


「まあ見つかったなら良かったわ。これであの女がゲストの対抗戦の開催も安泰ね」

「そッスね。だからこの記事は丸ごと没ッス」


「じゃあ一から記事を考えるのね。リオは何か書きたい記事はありませんの?」

「うーん、ウチ何もないところから案を出すのって実は苦手なんスよね。この草案だって白紙に文字を書き出すのに何日かかったことか……」


「パメラは?」

「私? おばちゃんのフライドオンモラキなら語れるけど一号の話題ではないよね」


「じゃあジゼ──」

「ございません」


 早い。話の流れを読み切ったジゼルはワタクシが尋ね終えるより早く返答する。

 そしていつの間にか外套の手入れを終え、全員にコーヒーのおかわりを入れ終え、自分もワタクシの隣でコーヒーを飲んでいる。

 有能なのは良いがそうじゃなくて案を出して欲しいところなのだけれど。

 まあジゼルなりの時短の気遣いと思いましょうか。


「これじゃ先に進まないわね。よし、ならブレインストーミングといきましょう」

「「「ブレインストーミング?」」」


 ワタクシが提案し、三人が同時に疑問符を浮かべる。


「ブレインストーミングとは今みたいにとにかく何か案を出したい時に有効な議論の手法の一つよ。やり方は簡単。みんなで何でもいいから質より量を重視してアイデアを出し合うの。さっきのフライドオンモラキのレビューみたいなどんな荒唐無稽な発想でもいいわ」


「荒唐無稽って言われた」

「でもそれがいいのよ、パメラ。突飛な発想こそが隠れていた成功のカギであることも多いわ。あと貴女さっき第一号に相応しくないって自分で案を引っ込めたでしょう? ブレインストーミングでそれはご法度。どんなバカみたいな案でも臆せず出し切って頂戴」

「でもそれでホントにバカにされたら恥ずかしいじゃん」


「そうね。だからブレインストーミングでの一番のポイントは誰も絶対に出された案を否定しないこと。ただ、受け入れた上でその案に乗っかって発展させていくことは大歓迎よ」

「なるほど。アイデアのとっかかりを作るにはめちゃめちゃ有効そうな手法ッスね」


 リオが深くうなずいてブレインストーミングの意図を理解する。


「要点は質より量、荒唐無稽大歓迎、絶対否定しない、便乗上等ということですね」


「その通り。流石はワタクシのジゼルね。じゃあ議論を始める前にある程度議題を決めましょう。リオ、新聞の目的は『生徒に読まれること』でいいかしら?」

「ええ。とにかく読んでもらうことが肝ッス。内容の巧拙より話題性が正義ッスね」


「学園の生徒が対象ってことは学内の話題の方がいいのかな?」

「でも学園は全寮制だから外の話題もきっと甘い蜜ッスよ」

「では議論を二段階に分けては如何でしょう? 世界の出来事と学内の出来事で」

「いいわね。それで案を出した後で取捨選択をして一番いい案を記事にしましょう」


「では僭越ながらジゼルは記録に移らせて頂きます」


 ジゼルは席を立ち、昨日と同じように白紙を壁にナイフで縫い付けた。

 筆とインクを取り出して素早く書記の準備を完了させる。


 さあ、ブレインストーミングの始まりだ。

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