第13話 商人vsお嬢様

 深緑の林に囲まれた湖畔に佇む学園聖堂。

 創世の女神を祀っているその宗教施設は、下手な小国のそれにも匹敵する荘厳なものだ。


 だがその横には、神聖な雰囲気に似つかわしくない石造りのあばら屋があった。


 元々誰かが住んでいたのだろうか、竈門や寝室、書斎らしき部屋も備えたその小屋は、四人程度が暮らすには十分な広さを有している。


 学園聖堂が建立される以前よりそこにあったその小屋は、長年の埃にまみれて今や完全に住居としての役割を放棄し、掃除道具や壊れた家具の物置となっていた。


 そう、つい昨日までは。


 連合歴二〇八年六月十三日の放課後、ボロ屋の中に五人の乙女が雁首を揃える。


 リビングの軋むボロテーブルの端には肩身の狭そうに座ったエルフの少女が一人。


「えー……」


 大きな三つ編みと鋭い犬歯が特徴のエルフは唸りながら左を向く。

 その視線の先には蒼い制服に身を包んだ半魔族の少女。

 どこか申し訳なさそうに苦笑いを浮かべている。


「あー……」


 ハンチング帽と分厚い丸眼鏡が特徴のエルフは呻きながら右を向く。

 その視線の先にはぶかぶかのベレー帽を被った空飛ぶ幼女。

 どこか諦めたように苦笑いを浮かべている。


「えーと……、コレどういうことッスか?」


 そしてエルフはビクビクと疑問を口にしながら正面を向く。

 その視線の先にはオンボロな木の椅子にふんぞり返って扇子を扇ぐこのワタクシ。


「どういうことも何もありませんわ」


 ワタクシが指をパチンと弾くと、背後のジゼルが天井から垂れ下がった紐を引く。

 結びつけられたくす玉がパカッと割れ、色とりどりの紙吹雪が舞い散り、一枚の紙が勢いよく垂れ下がった。

 その紙にはこう書かれている。

 

『祝! フリーデンハイム学園新聞部結成!』


「今から新聞部の結成式を行いますわよ」

「はえ?」


 思った通りエルフが理解不能な状況を前に素っ頓狂な声を上げる。

 エルフの緊張が上手く解けたと見るや、ワタクシはすかさず扇子を閉じて席を立ち、エルフに頭を下げた。


「そしてごめんなさい、フラウ・エルネスト。まずは昨日の非礼をお詫びしますわ」

「え? えーッ!? いやいやいやいや、気にしてないッスよ! 頭を上げてください!」


「ありがとう、フラウ・エルネスト」


 優しいエルフの商人に心から感謝してワタクシは頭を上げ、椅子に座りなおした。


「いやこちらこそ恐縮ッス。そ、それで新聞部って……?」

「ええ、学園で新聞を発行する名案に感銘を受けてね。一助に成りたいと思ったの」

「そ、それは光栄ッス……」


 ワタクシの本心からの言葉にもエルフは半信半疑、いや八割は疑といった印象だ。


 まあ当たり前だろう。フラウ・エルネストからすれば、食堂で嫌がらせをして来た張本人が、昨日の今日でいきなり新聞部を創設して目の前にいるということだ。


 ワタクシはパメラにそっと目配せして、事前に頼んでいた助け舟をお願いする。

 パメラは『任せて!』と言わんばかりに頷いて、自信満々に口を開いた。


「大丈夫だよ、リオ。ツェツィは昨日頭を打って変わってしまったんだ」


 フォロー下手くそか! 


 でもここはこの泥船に乗るしかありませんわね……。


「そう、ワタクシ、パメラにぶっ飛ばされて今までの自分の愚かさに気づいてね、これからは生産的な活動をすることにしたのですわ。そして、信じてもらえないかもしれないけれど、貴女への仕打ちは本当に後悔しているわ、フラウ・エルネスト。すまなかったわね」

「ノイエンドルフ様……」

 

 ワタクシの悔恨を受け入れながらも、エルフの眼には鋭い光が宿っている。

 まだ信じていない、というよりワタクシの言葉から腹を探っているようだ。


 まあ我ながら疑われて当然の豹変っぷりなのだから仕方ない。

 しかし、新聞作りが成功して欲しいと思っているのは本当だ。

 探られて困る腹黒さは無いのでここは正直に話すしかないだろう。


「だから今度は貴女の新聞作りを応援したいと思ったの。言い出しっぺの貴女に断りも無く新聞部を創設して申し訳なかったわね」

「い、いや、ウチも記事の信憑性の担保に部活にはしたいと思ってたんスよ。むしろ部員の人数制限と顧問に困ってたくらいだったんで助かったッス」


 エルフからも本音が少し零れ、その表情が和らぐ。


「そう言って貰えて嬉しいわ。もう貴女の新聞は邪魔しない。部の活動も出しゃばらない、貴女の好きにしていいわ。だから出資という形でいいから支援させてくれないかしら?」


「…………………………」


 何かマズいことを言っただろうか?

 エルフが沈黙し、そよ風で納屋が軋む音だけが響く。


「ダメかしら?」


 ワタクシは不安になって思わず聞き返す。

 だが、エルフはなおも思案を続ける。

 そしてエルフが少し不安そうにチラっとパメラを見た。

 何かを察したパメラが口を開く。


「大丈夫。ツェツィは本気だよ」


 ワタクシとの付き合いの長いパメラが、ワタクシの言葉に太鼓判を押した。


「それとツェツィは悪巧みも大好きだけど、だからこそ自分に率直に話してくれる人を信頼する。言いたいことがあったら言っていいと思うよ」

「ちょ、ちょっと、パメラ」


 自分の口からは決して出ない人物評がパメラから飛び出し思わず赤面してしまう。


「そうッスか……」


 そのパメラの一言でエルフは決心したように長い沈黙を破った。


「ではノイエンドルフ様。出資の申し出、有難く受けさせて頂きます」


 ワタクシはその返事にホッと胸をなでおろす。


「いや、お話を頂いた瞬間から受けることは決まってたんスけどね。ただあまりに都合が良すぎるというか、用意して頂いた条件が謙虚すぎて、何か裏があるだろうと思いまして。商人の性と思ってお許しください」

「なるほど。ワタクシに利が無さ過ぎて逆に不安を与えてしまったのね」


 流石はエルネスト商会の娘。

 先日の謝意と思って、寄付のように話したことが裏目に出るとは。


 この先新聞部として共に活動するにあたり、フラウ・エルネストと信頼関係を築いておくのは成功の絶対条件だ。


 性悪説を信ずる商人にいくら無私を主張しても疑われ続けるだけ。

 こういう手合の信頼を得るにはワタクシにも利があると説くに限る。


 そして、その用意は既にしてあるのだ!


「ならもう正直に話すわ。ジゼル!」


 ワタクシはメイドの名を呼びながら再び指を鳴らす。

 合図に従ってジゼルは鞄から大きな紙を取り出し、一瞬でワタクシの背後の壁に広げると、四隅を銀のナイフで縫い留めた。


「刮目なさい! これがワタクシの目的ですわ!」


 カーペットほどの紙には、矢印と文字で二つの流れのフローチャートが描かれ、そして見出しにでかでかとこう書かれている。



『人魔の人魔による人魔のためのエロゲ計画』



 それを見てワタクシを除く全員は一様に困惑の表情を浮かべるのだった。

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