第12話 三虎撃退

 三頭の虎は、それぞれが誰を相手取るか決まっていたらしい。朱の前に現れたのは、三頭の中でも大柄なものだった。

 同様に、春霞の前には最も攻撃的なものが。冬嗣の所には、小柄ながら動きの素早いものが下り立つ。

 朱たちは背合わせになり、虎に囲まれる形となった。

「囲まれはしたが」

「個別に狙ってきてる」

「なら、僕らもそれぞれ戦う?」

 冬嗣の問いに、春霞は「そうだな」と首肯した。そして、ただしと付け加える。

「完璧な単独行動は禁物だ。互いの動きを見て、すべき動きを選べ。……無茶はするなよ」

「……なんか、春霞らしくないよね」

「うっせぇ。やるのか、やらないのか?」

 茶々を入れられ、春霞は不機嫌に尋ねた。本当にへそを曲げたわけではないということは、彼の目を見ればわかる。

 朱と冬嗣は刀を構え、笑いを収めて同時に応えた。

「「やる」」

「──ふんっ。行くぞ」

 朱が飛び出すと、虎は待ってましたとばかりに飛びかかって来た。その爪を紙一重で躱し、刀で身を守る。

 虎の爪と刀がかち合い、金属音を響かせる。上を取った虎の重さと相まって、朱は徐々に劣性に陥っていく。歯を食い縛り、地面を踏み締めた。

「うぅああぁぁぁぁぁぁっ!」

 ブンッと刀を振り切り、空気を裂く。体が宙に浮き、虎が目を見張った。

 その隙を見逃さず、がら空きになった腹を狙う。朱は地を蹴り飛ばし、跳び上がる。その勢いのまま、体勢を整えようと空中で体を回転させる虎に斬りかかった。

「──ガァッ」

「おぉぉぉぉっ」

 虎の真っ黒な腹に突き刺さったやいばに思い切り力を籠め、朱は落ちる。虎の抵抗にあい衣と肩を薄く裂かれるが、力を緩めることはない。

 すぐにズドンと砂煙を上げ、地面に叩きつけられた。

「朱!?」

「──どけっ」

 虎を相手取っていた冬嗣が音に驚いて振り向き、春霞は弱らせていた虎の額を石突きで突いて砂煙の方へと走る。

 春霞の倒した虎が黒煙となって消えるのとほぼ同時に、砂煙の中でも同じものが宙を舞った。

「……やったか」

「かはっ。……はる、か」

 口の中に入ってしまった砂を吐き出し、朱は頬の切り傷を拭った。肩から鋭い痛みが走るが、まだ座り込むわけにはいかない。

 打ち身や打撲も多いが、それを気にする暇を与えられない。朱は春霞の後ろで起こったことに気付き、声を上げた。

「春霞、後ろッ」

「な……──っ、冬嗣!」

 虎に突き飛ばされた冬嗣を受け止め、春霞が名を呼ぶ。すると「うぅ……」と呻いた冬嗣が目を開けた。

「春霞……」

「よくやった、冬嗣。朱と一緒に休んでろ」

 そう言って、春霞は冬嗣を朱に押し付けた。思わずよろける朱に、彼はニヤッと笑う。

「オレの動き、見とけよ」

「春霞!?」

 朱の声を無視し、春霞は虎に向かい合う。

 虎は自分だけが残ったことに焦ったのか、それとも他の虎よりも自分が強いことを誇ったか。どちらにしろ咆哮し、槍を構える春霞に向かって突進する。

 春霞は動かず、虎の接近を待つ。そして虎が大口を開けて牙を見せた瞬間、槍を閃かせた。

「──はっ」

「ガッ」

 虎が硬直し、ぐらりとかしぐ。その喉を貫くのは、春霞の槍だ。

 春霞の目の前で黒い煙が噴き出し、虎が消滅する。返り血を浴びたわけではないが、春霞は無意識に顔を拭っていた。

「……お前ら、何ともないか?」

「あ……うん」

「凄いな、春霞」

 呆然していて我に返った朱と、感嘆の声が漏れた冬嗣。彼らの尊敬の眼差しに気後れしつつ、春霞は近付いて来る足音に耳を澄ませた。

 ガサリ、と草むらが音をたてる。朱と冬嗣が「ひっ」と悲鳴を上げる中、春霞は苦笑して相手を迎えてやった。

「よう、早かったな?」

「少し手間取ってね。でもこれで、とりあえず先には進めるよ」

 やって来たのは、鈴と戦っていたはずの明虎だ。所々破けた法衣に、数の減った矢。汗を拭い、明虎は驚いている朱たちに笑いかけた。

「さて、行こうか」

「明虎、鈴ってやつは……?」

「逃げられたよ。ただ、深傷ふかでは負わせられたと思う」

 悔しげに振り返る明虎に、春霞が肩をすくめて見せた。

「お前、手加減しないもんな。相手をした奴が哀れに思える」

「そうかな?」

「……あ。そろそろ行こうよ」

 不思議そうに首を傾げた明虎だったが、聞いてはいけないと察した朱に乞われて先へ進むことにした。日の光が燦々と射し込む明るい森は、徐々に暗さを増していく。


 同じ頃、鈴は黒い白虎の背中で荒い呼吸を整えていた。左腕には刺さった矢を引き抜いた傷があり、そこから血が流れ落ちている。布できつく巻いて止血したために量は少ないが、血を失って顔色は悪い。

 黒い白虎も怪我をしていたが、動けないほどではない。そのため、鈴を背に乗せて運んでいた。

「……何なのよ、あの法師!」

 鈴は血を流す腕に傷の少ない方の手を重ね、忌々いまいましげに歯ぎしりをした。

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