第10話 春秋遭遇

 朝也が置き去った船を拝借し、朱たちはオノゴロ島へと足を踏み入れた。

 その砂浜は白く、細かい砂が敷き詰められている。すぐそばには巨石が投げ出され、流木が流れ着いていた。更に奥へと目を向ければ、人の立ち入りを拒否するように鬱蒼と繁る木々の海が行く手を阻んでいた。

 何処かに島の奥へ続く道はないかと探していた朱は、明虎の「間違いない……」という呟きを聞いて振り返る。同じように探してキョロキョロしていた冬嗣も顔を上げ、どうしたのかと首を傾げた。

「明虎?」

「私がこの前見た景色は、ここで間違いない。……あいつを泳がせて、結果的にここへ辿り着けたな」

 ほっとした様子の明虎を見て、朱は謝らなければと声を上げた。

「あ、あのっ」

「どうしたんだい、朱?」

「俺、明虎に謝らないといけなくて」

「謝る? 何かあったかな」

 本気でわからないという顔をする明虎に、朱は戸惑いながらも大きく首肯した。朝也に警戒しろと言った明虎の言葉を念頭に置いていたとはいえ、春霞に怪我をさせた。

「無条件にあの人を信じてついて行こうとしたのは、俺だよ。もし明虎に言われなければ、ここで全滅して……」

「結果として、私たちはオノゴロ島に辿り着いた。春霞もかすり傷だし、謝る要はないよ」

「かすり傷か?」

「お前のそれは、本気の証だろう? 全く、やれば出来てしまうのに普段やろうともしない」

「五月蝿いな」

 突然始まった幼馴染同士のじゃれ合いを、朱はぽかんと見守った。そして不意に笑いが込み上げて来て、くすくすと笑い出す。

「……ははっ。ごめん、ありがとう」

「とはいえ警戒を怠らないように、ね」

「うん」

 気を引き締め直し、朱たちは蔦や枝を切り捨てながら島の奥へと進んで行った。


 獣の唸り声は聞こえず、鳥たちのさえずりもない。聞こえるのは、自分たちの足音だけ。静かな島だ。

「この島、どれくらいの広さなのかな?」

「わからないけど、簡単には横切ることは出来ないだろうね」

 沈黙に耐えかねた冬嗣の問いに応じていた朱は、ふと自分たちの後ろを歩く春霞を振り返った。春霞もそれに気付き、足を止める。

「どうした、朱」

「いや……。どうというか」

「はっきりしないな。言いたいことがあるなら言え。答えられる範囲でなら答えてやる」

「じゃあ……」

 朱はちらり、と自分たちの前を行く明虎を見た。彼は三人が通りやすいようにと道を切り開きながら進んでおり、先触れの役割を担っている。

 明虎に遅れないよう歩きながら、朱は疑問に思っていたことを口にした。もしも聞こえていれば、明虎も加わってくれるだろう。

「春霞と明虎は、どうして出会えたんだ?」

「どうして?」

「俺と冬嗣は、今回初めて会えたんだ。春霞さんとも明虎さんとも、これまで会う機会はなかった。でも、二人は……」

「それはあいつが特殊な境遇にいたことと、オレが家を継がなかったことで会うことになったんだよ」

「……どういうこと?」

「お、俺もよくは……」

 春霞の簡潔な説明に、冬嗣も朱もついて行くことが出来ていない。それを察し、春霞は軽くため息をつく。それから前を行く明虎に「おい」と呼び掛けた。

「明虎、こいつらに話しても良いか?」

「敵がいつ来ても良いように、心構えさえしておいてくれるなら。……私も補足しよう」

「助かる」

 少しだけ歩みを遅めた春霞は、明虎と初めて出会った頃に思いを馳せる。その頃、春霞は長兄・友春が後継ぎとなったことをきっかけに家に寄り付かなくなっていた。

「……家じゃ、兄上が後継ぎだってことで色々と変わってな。オレは、何となく家に居づらくなっていたんだ」

 何度叱られようと反省の色を見せなかった春霞に、父母は呆れ果てて放置するようになった。しかし友春だけはそうせず、変わらずに弟と接した。

「それが何だか煩わしくて……オレは兄上からも逃げて、山に迷い込んだことがあった」

「まだ寺で修行していた私は、そんな春霞と偶然出会ってね。互いに四季の家の者だとは知らずに、友になったんだ」

 互いに幼く、家というものが何を意味するかも知らなかった。それでも十代前半の少年たちには通じ合うものがあったのかもしれない。

 やがて秋明と名乗っていた明虎が庵を結ぶと、春霞はそこに入り浸るようになる。その時になって初めて、それぞれが秋と春の家の子だと知るのだった。

「本当に吃驚びっくりしたけどな。けど、今更って感じだったしな」

「うん。お互いの家も、私たちを家から離れた存在として扱っていたから、それ程気にならなかったな」

「あの、春霞は兎も角、明虎は……」

「ああ、私の出自に関しては何も言っていなかったね」

 朱の問いに対し、明虎は曖昧に微笑む。

「私は、めかけの子でね。物心ついてすぐ、寺に出されたんだ」

 明虎の父は、若い頃女遊びが激しいたちだった。子が生まれたのは正妻と明虎の母とだけだったが、正妻に疎まれた明虎と母は本家とは離れて暮らした。

「小さい頃に母と住んでいた場所が、あの庵を結んだ場所だった。母は流行り病で亡くなったが、懐かしくてね。あそこに留まることしか選べなかったんだよ」

 だから、何故今回自分が選ばれたのかわからないと明虎は笑う。寂しげな乾いた笑みだ。

「おそらく、危険を伴う旅に跡取りを行かせたくなかったんだろうね」

「それは、春家も同じだろ。オレは跡取りじゃないし……くくっ。だが、朱と冬嗣は違うか?」

 無感情な笑い声を上げる春霞に問われ、朱は首を横に振った。

「いや、俺も後継ぎじゃない。明虎さんと同じ、妾の子だから」

「僕は後継ぎだけど、弟や妹は幼過ぎる。戦いに行けなんて言えないよ……」

 朱は少し不貞腐れたように、冬嗣は悲しげに春霞を下から睨んだ。

 彼らの言葉を聞き、春霞と明虎は顔を見合わせる。少年たち二人がここにいることも、そして自分たちがここにいることも何かの巡り合わせだ。

 軽く後頭部を掻いた春霞は、視線を逸らしながらも謝罪の言葉を口にする。

「悪かった。別に、お前たちがここにいることを否定してるわけじゃない。何というか……」

「――春霞も私も、きみたちと近付きたかった。自分たちのことを知って欲しいと願っているんだよ」

 歯切れの悪い春霞の言葉を代わりに口にし、明虎は柔らかく目を細めた。その隣で少し慌てた様子の春霞が、照れを隠すために早足になる。

「――っ、さっさと行くぞ。ここは敵の本拠地なんだろ? だったら……」

「そうそう。簡単に隙を見せたらだめよ~?」

「誰だ!?」

 何処からともなく聞こえたやけに低い女らしき声に、朱は誰何した。

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