お手伝いロボットを買う話

さまっち

第1話 春の日の母と少年

 その日は春のうららかさを特に感じる陽気な気温の日曜日で、外に出れば気持ちが良さそうな天気だった。

 けれど今年で小学4年生になる僕はあまり外出もせずに、一人家の自室で漫画や小説を読んだり、ゲームに熱中する子供だった。

 それには僕の体があまり丈夫でないことも関係していて、特に心臓が弱く、走り回るとすぐに息切れを起こしたり胸が苦しくなった。

 そんなわけで僕は友達と一緒にサッカーボールを追いかけたり、他のみんなと同じように遊ぶことが出来なかった。

 結果として一人で遊ぶことが増え、家の中であまり体を動かさずに寂しく過ごす少し根暗な少年が出来上がった。

 友達はお世辞にも多いとはいえず、クラスメイトの坂本くんの他には気軽に話す人は誰もいなかった。

 完全な一人ぼっちでないだけまだましで、坂本くんと話すのが僕の学校生活で大きな楽しみの一つとなっている。

 それに学校の勉強は嫌いじゃなくて、いつも見学している体育の授業を除けば楽しく学校生活を送ることができていた。


 そして今日は4月の上旬の日曜日で、新しい学年が始まり最初に訪れた日曜日でもあった。

 ちなみにクラス替えの結果、坂本くんとは去年同様同じクラスになることができて嬉しい。

 教室内でぼっちになることは今年も避けられそうだ。

 今年も楽しい学校生活になればいいな。

 そんなことを考えて自室でぼんやり過ごしていると、部屋の扉ががちゃりと開き、母が入ってきた。


「聡。ちょっといいかしら」

「どうしたの?」

「これからお買い物に行くんだけど、聡もついてきてくれないかしら」

「お買い物?」

「そう。買う前に聡にも見てもらって意見をほしいの」

「僕の意見なんているの?」

「ほしいわね。聡にも関係ないわけじゃないし」

「そうなんだ」


 わざわざ僕の意見を必要とするなんて、一体何を買うのだろうか。

 今までそんなこと一度もなかったので興味が湧く。

「何を買うの?」

「それは実際に目にしてからのお楽しみね」

 そう言われると余計に何を買うのか気になる。僕は母と一緒にお買い物に行くことにした。

「わかった。ついていくよ」

「ありがとね。それじゃ出掛けるわよ」

「うん」


 僕は母の後ろについて部屋を出て、廊下を進み、玄関まできて最近買った真新しい運動靴を履く。

 先に靴を履き終えた母が目を細めて、僕が履き終えるのを見届けると、玄関から出てゆっくりと歩きはじめた。

 歩くペースがゆっくりなのは僕の歩く速度に合わせてくれているからだ。

 僕も母の隣に並んで広い庭を抜け、道路をゆっくり歩きはじめる。

 まあ僕の場合は普通に歩くと他人から見てゆっくりになるのだけれど。

「いい天気ね」

 隣で母が一面の青空を見上げて、しみじみ呟く。僕はそんな青空には目を向けず俯き加減で少し先の道路ばかり見ていた。


「たまにはこうして聡と一緒にお出かけするのも悪くないわね。聡もそう思わない?」

 母が僕の顔を覗き込むようにして聞いてくる。

「そうだね」

 僕は言葉とは裏腹に、ぷいっ、とそっぽを向いて答えた。

 正直、インドアな僕としては家の中が好きなのでお出かけはあまり好きじゃない。

 出来れば家の中にこもりずっと読書したいと思ってしまう。

 言葉の上だけ同意したのは、単純にお出かけなんてしたくないと答えたら母が悲しむと思ったからだ。

 別に母を悲しませたいわけじゃない。


 顔をゆっくり母の方に戻すと、僕の心の内を知ってか知らずか母はうっすら微笑みながら僕の方を見ている。

 そして母は少し満足そうな表情を浮かべて再び青空へと視線を向けた。

 つられて僕も見上げると、青空に白い線を引きながら飛行機が高く飛んでいくのが見えた。

「聡がまだ幼稚園の頃はよく一緒に公園に行って遊ぶ姿を眺めてたんだけどね。最近はあんまり一緒にお出かけしなくなったわね」

「うん。でも僕は公園に行ってもよく倒れてた記憶しかないけど」

 あの頃の僕は自分の体の状態をあまり理解していなかったので、他の子と同じように走り遊具で遊んだが、自分だけいつも倒れていた。

 公園から帰る時はいつも母の暖かい背におぶさって帰ったことを憶えている。

 そんな状態にもかかわらず、体の調子が良い日には母に公園へ連れてってとせがんでいた記憶もある。


 その頃は今みたいにインドアではなく考えなしに公園で遊ぶことが純粋に好きだったのだ。

 でも今は自分の体の状態を理解していて、体に負担のかからないことを選んでしまう。

 考え方が成長したのかな、と思う。

「確かによく倒れてたかもしれないけど、あの頃の聡の方が今より元気があって母さん好きだな。今の聡ももちろん好きだけどね」

 母に好きといわれて、僕は何だか少し恥ずかしくなり、ぷいっ、と再び横を向く。

「たまには聡も散歩くらいの運動をしてもいいんじゃないかしら」

「歩くことなら学校の登下校で毎日のようにしてるよ」

「家から学校まで近いから十分程度しか、かからないじゃない。それに休日は家にこもりっきりだし、休日に少し歩く習慣をつけるのも悪くないわ。何なら母さんも一緒に歩いてあげるわよ」

「いいよ。そんなの恥ずかしい」


 僕はぶんぶんと首を力強く左右に振り、母の言葉を拒絶する。

 散歩すら面倒なのにそこに母がついてきて、その姿を学校のクラスメイトに見られたら何だかとても恥ずかしい。

 幼稚園児の頃の自分はそんなこと微塵も感じなかったから、むしろ率先して母の周りをうろちょろしてたけど、今はそんな気になれない。

 今日みたいに何か用事や目的があって仕方なく行動するには平気だけど。

 いつでも母と行動するのは恥ずかしいという気持ちが小学校の学年が上がるにつれて芽生えてきた。

 それが良いことなのか悪いことなのかは僕には判断できない。


「恥ずかしがらなくてもいいじゃない。でもまあ嫌なら無理にとは言わないわ」

 僕は、ほっ、として小さなため息をつく。

「母さんはついていかないけど散歩の件は考えておいてもいいんじゃない。軽い運動をする方が聡も体力がもう少しついてくると思うよ」

「そうなのかな」

「きっとそうよ」

 母が僕を笑顔で励ますと、力が湧いてくるような気がするから不思議だ。少しだけ休日の散歩を始めてもいい気がしてくる。

「散歩の件、少し考えてみる」

 僕がそう伝えると、母は嬉しさと安心の入り混じったような微笑みを浮かべて、僕を見る。

「期待してるわね」

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