第30話

昼休憩になるのを待って、私は多美子と一緒に中庭へ出てきていた。



今日はあまり天気がよくないからここで食べている生徒の姿はない。



吹き抜けの中庭から空を見上げてみると今にも雨が降り出してしまいそうだった。



はやくしなきゃいけない。



「多美子、これを見て」



私は自分のスマホを多美子に差し出した。



画面には追体験アプリを表示させている。



旭と付き合いはじめてから使わなくなってしまったが、消さずに置いておいたのだ。



「追体験アプリ?」



多美子は首をかしげた状態でアプリを説明を読み始めた。



「自分が経験したことを、相手に経験させることができるの?」



「そうだよ」



私は大きく頷いた。



けれど多美子は信じていないようで、疑わしげな表情を私へ向ける。



「私も最初は信じてなかった、だけどこれは本物なんだよ?」



「冗談でしょう?」



「本当なんだって。覚えてる? 私のお弁当にチョークの粉を入れられたときのこと」



そう聞くと多美子は自分のことのようにつらそうな表情を浮かべて頷いた。



「その後なにが起こった?」



「その後? 確か真純たちがチョークを食べ始めて病院に……」



多美子はそこまで言って目を見開いた。



私は笑顔で頷く。



「そうだよ。私と同じことが起こったんだよ」



「それってまさか、このアプリのせい?」



「もちろん。じゃなきゃあんなおかしなこと起こるはずがないよね?」



多美子は目を見開いてアプリを見つめた。



信じられない気持ちは私もわかる。



私はこのアプリがダンロードされてから今までに起こってきたことを全部多美子に話して聞かせた。



それはとても長い時間がかかったけれど、多美子は真剣に最後まで聞いてくれた。



「全部、このアプリが復讐してくれたってこと?」



「そうだよ。だから多美子もこれをダウンロードすればあいつらにやり返すことができる!」



「そんなにうまくいくのかな?」



多美子はまだ自信がなさそうだ。



自分もイジメられていたからよくわかる。



毎日のように悪口を言われて罵倒されていたら、どんどん自信がそがれていくのだ。



自分の中のほんの一部しか否定されていないとわかっていても、悪口は全身に広がっていって自分のすべてを否定し始めてしまう。



私は多美子の手を握りしめた。



多美子は私を助けてくれた。



だから絶対に私も多美子を助けてあげるんだ。



「お願い多美子。このアプリをダウンロードして」



「わかった」



多美子はしっかりと頷いたのだった。


☆☆☆


しかし、それは思ったとおりにはいかなかった。



いくら探してみても追体験アプリなんてものは出てこなかったのだ。



正規のルートでダウンロードしてもないのかもしれないと思って調べてみたが、やはりどこにも出てこない。



「全然ないね」



多美子の声に焦りが混ざり始める。



昼休憩はあと少しで終わってしまう。



空を見上げるといつ雨が降り出してもおかしくない気配をまとっていた。



「なんでないんだろう」



ギリッと奥歯を噛み締めて多美子のスマホ画面を凝視する。



「これってもしかして、ちゃんとしたアプリじゃないんじゃないかな?」



不意に多美子が顔を上げて言った。



「だからストア以外でも探してるでしょう?」



「そうじゃなくて、人間が作ったものじゃないってこと」



多美子の言葉に私の頭は一瞬にして真っ白になった。



人間が作ったものじゃない?



「でも、だって……」



「追体験なんて非現実的なこと起こるはずがない。それが起きてるってことはきっとありえない力が働いてるんだよ」



ありえない力。



人間ではない力。



考えた瞬間背筋がゾクッと寒くなって身震いをした。



「きっと有紗は選ばれたんだよ。ダウンロードだって、勝手にされていたんでしょう?」



私は頷く。



緊張と恐怖で喉が張り付きそうだった。



呆然と自分のスマホを見つめていると、突然アプリからの通知が来てその場で飛び上がってしまった。



「通知、なに?」



「えっと」



多美子に言われて画面を確認すると、そこには赤い文字が表示されていた。



《一週間使用がなかった場合、自動的に追体験が実行されます》



「なにこれ……」



今度こそ背中に冷たい汗が流れていった。



「こんなことさっきの説明には書かれてなかったね」



私は頷く。



ここ一週間はとても平和で、復讐するようなことも起こっていなかったから、このアプリを使う必要もなかったのだ。



「とにかく、このアプリは多美子にはダウンロードできないってことがわかったから、私がずっとそばにいてあげるから」



今はアプリより多美子が優先だ。



私はスマホを自分のポケットにしまい込んだのだった。

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