第3話 たぶらかし

 真言しんごんを唱えた後、山伏は三郎左衛門に訊いた。

「この屋敷に娘御がおられよう」

「はい。お里久りくなる娘がおりますが、それが……?」

 怪訝けげんな表情を見せた三郎左衛門を見据えて、山伏が告げた。

「犬神さまが申された。その娘御に悪霊がりついておると。ただちに、この屋敷から出して、阿波剣山つるぎさんの幽境で滝行を行わさせるべし。深山幽谷のかすみを吸って巒気らんきと融合させねば、悪霊は娘の五体内から消えせぬ」

 三郎左衛門は内心「ハッ」と思い至った。

 そう言えば、一人娘のお里久は、近頃とみにふさぎ込みがちで、心ここにあらずという風情が垣間かいま見られる。もしや、やはり悪霊が憑依しておるのやもしれぬ。

 不安になった三郎左衛門は、悩んだ末、お里久を行者に預けることにした。

 お里久にとっては、たまったものではない。若い娘特有の物思いにふけっただけで、突然、醜い顔をした初老の行者に連れ去られることになったのだ。ひと晩中、身も世もなく泣き崩れ、泣き叫ぶ錯乱状態となった。

 行者がしわだらけの頬を引きつらせて言う。

「ほうれ、見なされ。娘御はよからぬものに取り憑かれ、狂い死にする一歩手前じゃ。発狂すれば首をくくるやもしれぬ。舌をむやもしれぬ。急ぎ、取り押さえ、しばり上げるべし」

 屋敷内は阿鼻叫喚地獄に陥った。

 狂乱し、座敷や庭を逃げ惑うお里久は家の者に追い詰められ、井戸へと身を投げた。

 だが、お里久は死ねなかった。下男の五助ごすけが井戸に決死の思いで飛び込み、釣瓶つるべを使って家の者皆でお里久を引きあげたのである。

 ずぶ濡れで救出され、観念したお里久は口に布を詰め込まれて猿轡さるぐつわをかまされ、後ろ手に縛られた。 

 そのお里久を引っ立て、「いざ、剣山の深山へ」と連れ去る行者。

 以来、一年間、行者は加茂村に現れず、お里久の安否も確認するすべはなかった。

 三郎左衛門は激しい後悔と自責の念にさいなまれていた。

 なにゆえに、あのとき得体のしれぬ行者なんぞに大切な一人娘を預けたのか――魔がさしたと言うよりほかないが、それにしてもあまりにも浅慮、あまりにも愚かな行為であった。

 それとも、あのとき自分は行者のよこしまな呪術にかかり、一時的に分別を失っていたのであろうか。

 わが罪の重さに煩悶し、眠れぬ夜を重ねる三郎左衛門の元に、下男の一人から急報が入った。

「旦那さま、大変にございます。あの行者が隣の三加茂村に現れました!」

 三加茂村は、三郎左衛門の加茂村の屋敷から一里も離れていない。その三加茂村の名主である庄大夫しょうだゆうのところに、例の行者がいるというのだ。

 三郎左衛門は行者を捕えて、お里久の行方を問いただすため、ただちに下男や作男二十人ほどの若いしゅを動員し、庄大夫の屋敷に向かった。

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