午後6時から8時。営業終了。

 もう外は真っ暗でいよいよ店を閉める時間も近づいてきた。最初は今年の夏には終わろうと思っていたのに、冬まで続けてしまった。もし今が夏だったら、まだ外は明るいだろうかと考えてしまう。

 暗い外を見ると実感が湧いてくる。今日が終われば店から外を見る事もなくなる。


 大学生や家族連れ、仕事帰りのサラリーマンで席が埋まっている。この町には色々な人が居る。経済新聞を読む人もいれば、県新聞を読む人もいれば、新聞を読まない人もいる。

 これまで色々な事をやめて来てしまった。店に置く新聞を幾つも辞めたし出前も辞めた。そして今日でこの店を辞める。


 扉の鈴が鳴った。音はその響きが同じであっても、鳴る時間や背景で印象を変えていくものの様に思えた。もっと早く、耳が遠くなる前に気づきたかった。


 店に入って来たのは昔働いてくれていたバイトの青年だった。辞めてからも通ってくれている。今は大学で研究者をしてるらしい。


「お久しぶりです。ラーメンお願いします」


 バイトで来た時は近くの大学の学生だった。求人を出してなかったのに、腹が空いてるんです。給料要らないので食わせてください。働きます。と言った時は驚いた。妻に聞くと


「いいんじゃないですか?雇ってあげましょう」


 と言うので雇った。無給では法に反するので賄いつきの時給制、皿洗いと出前のバイクを任せた。


 地図を見るのが得意で、バイクを出して出前に行くと直ぐに帰ってくるものだから驚いた。出前先に早く届けれるなら、サボりようがあるのにとても真面目で良く働いてくれた。

 それよりも驚いたのがその食べっぷりで、大口あけてどかどか食べるものだから妻も私も嬉しかった。私たちに子どもはいなかったのだけど、もし男の子がいたらこんな感じだろうかと。


「ご馳走様でした。あの俺、何度かお二人の店を継がせてもらえないか考えたんです。でもやっぱりお二人の様にはできないかと思って…長い間お疲れ様でした。ありがとうございました」


「そう言ってくれると嬉しいよ。でも大変だから。君は君のやりたい事をやってほしいと思ってます。体に気をつけて頑張ってくださいね。ありがとう」




 彼が帰った後もお客は絶えなくて、みんなこの店を惜しんでくれた。そうしているうちに時間が迫ってくる。時刻は午後7時37分。


「すいません!まだやってますか!」


 ひとりのサラリーマンが入って来た。社員証が首にかかったままで急いで来たことがわかる。


「もう豚も鳥も麺もなくて、肉なしの野菜炒めしか出せないんですが良いですか?」


「ええ、はい。野菜炒めお願いします」


 無言で白ごはんと野菜炒めをかきこんでいくサラリーマン。ずっと通ってくれた常連さんだ。話したことはない。注文し黙々と食べご馳走様と言い帰る。そういう人。ふとこの人が最後のお客だと気づく。今日までずっと沢山の人に食べてもらって来た。最後にも良いお客が来てくれたなと思う。


「ご馳走様でした。ありがとうございます」


 そうしてお客たちが去り遂に閉店時間が来た。跡始末を、店仕舞いを始める。

 外に出て『営業中』のランプを消す。そしてコンセントを抜いた。ずっと刺さったままだったから、コンセントのとこだけ綺麗に跡ができている。

 扉の鈴を外していつも入れている小さな巾着袋に仕舞う。ぽっとと袋に入れたものだからチャリンと鳴った。ふとこれがこの鈴が揺れる最後の時かと思った。


「長い間ありがとう。君がいてくれてよかった。2人で店が出来てよかった」


「ええ、私もです」


 午後8時、営業終了。

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