光の翼

シリウス

第1章 始動の翼

蒼空の風と嵐1

『もうへばったのかよ!マジでだっせー!』

『おい、ノロマー!もうちょっとゆっくり歩いてやろうかー!』

『ああ、いいかもな!どうせこんなのに追いつかれるわけないし!』






―このヤロー…!!!






小学校の校庭の一角で、3人の子供を追い掛けていた。






飽きもせず浴びせられる囃し文句に熱くなり、その態度を後悔させてやると力走するが、拳がかすりそうになると身をかわされる。






幾度繰り返しても、結果は同様。






こちらの必死の形相を見て、3人は心底面白がっていた。






―…お前ら、なんでオレにちょっかいかけてくるんだよ!






『なにいってんだお前?』

『だれがちょっかいなんかかけるかよ!』

―じゃあ、なんでこんなマネするんだよ!






直後、にやりと笑った3人は、事も無げに打ち明けてみせた。






『ヒマだから。』

『おもしろいから。』

『なんとなく。』






―…てめーら…!!!!!





















無機質な電子音が騒ぎ立てるのと同時に、目が覚めた。

「ぐ…うるせぇ…。」

目覚まし時計を止めて立ち上がり、カーテンを開ける。

午前6時を回ったばかりの世界は、姿を現して間もない朝陽と、小鳥のさえずりに彩られていた。

そんな爽やかな空気の中でふと脳裏に蘇ったのは、不快感しか覚えない光景。

(ちっ…最悪な夢見ちまったぜ…。)

今となっては数年前の、しかし現在もなお無縁ではない出来事に、快眠を妨げられた。

思いがけない形で寝坊をしでかさずに済んだが、目覚めはかなり胸糞悪い。

(あの野郎共…勝手に人の夢枕に立ちやがって…!)

胸中で悪態を吐きながら、寝室を後にした。






「おお。おはよう、風刃ふうじん君。」

1階に下りると、兄が台所に立っていた。

「あれ、珍しいな。朝飯作ってくれてんのか?」

寝ぼけ眼を擦りながら尋ねると、ああと短い一言が返る。

「たまにはお前に楽させないとって思ってさ。この優しい兄上様に感謝しろよ?」

「ああ、はいはい。」

こちらのいい加減な態度に軽く舌打ちしたかと思うと、兄は俺の肩を拳骨で叩いてきた。

力加減がされていたお蔭で痛みはまるで感じなかったが、やられっ放しでは面白くないと、反撃に出た。

自分が叩けば相手に打たれて、向こうに叩かれればこちらが打つ。

そんな応酬がひととき展開されると兄に促され、リビングの椅子に腰掛けた。

「こんな時間に起きてるって事は、何か用事か?」

「ああ。バイトの面接行く予定。あと、紅炎こうえんと会う約束もあるんだ。こんな早くからじゃなくても良いんだけど、何か目が覚めたからさ。」

「へえ。」

夜更かしばかりの寝ぼすけ大魔王にしちゃ上出来だなと思ったが、口には出さずにおく。

「ところでお前、今日は昼飯どうするんだ?」

「そうだな…コンビニでも寄って、適当に何か買うかな。ちょっと早目に出なきゃいけねぇけど。」

「ああ、そう?分かった。」

「…ん?もしかして、弁当欲しいって言ったら、何か作ってくれたとか?」

「いや、別に?訊いただけだよ。」

「何だよそれ!!」

何とも平和な怒声が、食卓に反響した。
















4月12日の水曜日。

麗らかな陽気の中、盛大に欠伸をしながら歩く。

これで夢見が良ければ文句無しの朝だったのにと悔しくなる一方、思うままの幻など目にできる訳もないよなと、苦い笑みが浮かんだ。






蒼空風刃そうくうふうじん

海園うみぞの中学校2年4組所属、満年齢13歳の帰宅部部員。主な趣味は漫画、テレビゲーム、天体観測、音楽鑑賞。

住まいは一軒家であり、元は両親も同居していたが、4年ほど前に少々面倒事があって以来、実兄の蒼空嵐刃そうくうらんじんとの2人暮らしをしている。

顔は特に見目良い物ではないが、鏡で自分を拝めない程の不細工でもない。身体つきは度の過ぎた肥満体でもなければ筋肉質でもなく、貧弱な体格でもない。体力勝負は不得手だが、勉強は平均よりはできると自負している。そして、口は悪いものの、喧嘩の腕前はからっきしだ。

改めて見詰めてみると、自分とは何とも平凡で珍しさの欠片もない人間だなと思う。

こうして、誰にあっても自然な情報だけを拾い上げている分には。






しかし俺には、僅か2つだが、黙殺しようのない特徴があった。






その1つが、毛色である。

正真正銘純血の日本人でありながら、無造作な形の髪は、生まれつき水色をしているのだ。

昔から因縁を付けて来る奴はごまんとおり、ごくまれに水色の髪の毛が気色悪いと明言した口もいたが、そう話さなかった者も大なり小なり同じ動機だったのだろうと推測している。自分との差異が著しい他人を叩きたがる人間にしてみれば、生来黒髪でない日本人などは格好の標的だから。

中学校では校則も口うるさいゆえ、妙な敗北感を覚えつつ一種の機会だと思い切り、髪を黒く染めようとした事があった。






しかし、それは無駄な行いに過ぎなかった。






一度はくまなく黒くなった髪は、何故か数分と経たずに水色に逆戻りしてしまった。






信じられない思いで何度となく試したが、功を奏する兆しもなかった。






事態が事態だけに担任教師へ打ち明け、水色の頭髪に関しては学校から免罪符を貰った。

だが、話がすぐさまクラス内、そして学年中に波及し、俺はまた一層異物扱いされるようになってしまった。

周りに人間がいる限りその視線が突き刺さり、何をしていても何処にいても逐一何だかんだと囃し立てられて、鬱陶しくて敵わない。

まるで、行動制限のない見世物にされている気分だ。






ただしこの水色の髪は、人体に存在していても特に不思議ではないという意味では、まだ可愛い方だとも思っている。






俺に付き纏う最大の頭痛の種は、もう1つの特徴。






本来、人間の身体にはあるはずのない代物だった。











何気なく左腕の電波時計を見やると、眠気の残っていた脳髄が一瞬で完全に覚醒した。

(げっ…ちょっと歩くのが遅かったか…!?)

文字盤が、8時14分を刻んでいた。

現在地から学校までは、まだ10分ほどかかる。このまま直行すれば定刻の8時30分には間に合うが、それでは昼食が購入できない。

4時間目には体育の授業があるというのに、目一杯身体を酷使した後で断食しろとは、心底御免蒙りたい無益な苦行だ。

(ちっ、この際しょうがねぇか…。)

人目を避けて近くの路地裏に入り込むと、渾身の力で地を蹴り付け、跳躍する。






そこから身体をうつぶせに倒し、背中で何かがしきりに動くのを感じながら、そのまま全速力で学校へ向かった。






信号もなければ歩道もなく、車や自転車はおろか、俺の他に人間が一切通らない通路―











空を、飛んで。

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