焔湧き立つ心、竜呼び覚ます身体


 ——真っ暗闇の中、ケントはポツンと立っている。

 

 無。ただそれだけが広がっている。

 それ以上のものは何もない。 


「ここは……」

 自分の手を見てみると、しっかりと動いている。

 だが、鏡も何も無いものだから本当に実体があるのかは、分からない。


「俺は、確か……あのゴブリンを庇って死んだような…」

「いーや、まだ死にかけや」


 何処からか関西弁っぽい訛りの声が聞こえた。

 ケントは辺りを見回す。

 すると、ケントの背後からケントにそっくりな青年が現れた。


「誰だ?」

 目の前の青年は大袈裟に驚き、ニヤリと悪どい笑みを浮かべる。


「誰だときたか。せやな……ワイはドラコ。ドラゴンのドラコや」

「ドラゴンのドラコ?」

「そそ。ドラゴンのドラコや」

「……そのまんまじゃねえか?」

「失礼なやっちゃなぁ。シンプルでええやん」

「いや、そうは……というか、ここはどこだよ」

「ここは、お前の心ん中や。お前の中にワイは居着いとるだけや」


 全くピンと来ない。

 心の中にドラゴンだって?

 厨二病でも思いつかない設定だ。

 死んだばかりだというのに、ケントは冷静になってしまう。


「てか、この状況知ってるぞ。なんだっけ、これ…ド、ド…ドーベルマン?」

「犬ちゃうわ。それをゆうならドッペルゲンガーや。てかどこがドッペルゲンガーやねん。この状況の事言わんねん」


 思ったより口がうるさいおかげでこの状況でもパニックにならないで済んだ。

 ケントそっくりの青年はため息をついて肩をすくめる。


「分かってないんやな。端的に言うとお前は今、生死を彷徨っているんや」

「彷徨ってる……てことはまだ生きられるっていうのか?」

「条件付きでな。でもワイに身体貸したら生き返らせちゃる。強大な力もつけて……な」

 ニヤリと姑息な笑みを浮かべる青年。

「身体を……貸す?どこの誰かも分からない奴に?」

 疑いをかけるケントとそれを鼻で笑うもう一人のケント。


「何や、とっくに自己紹介は終わったやろ 。さぁ、早くお前の身体を…」

「いや…アレを自己紹介って言われても、本当にドラゴンなのかどうか分からないだろ……」

 冷静に考えた結果である。


「そんなワイをジロジロ見たいんか。え?まさか一種の変態かなんかか?」

「何言ってんのお前」


 ドラコは小さく舌打ちをしながらも、くるんと宙返りをする。

 するとケントに似た人間の姿から、なんと小さな羽の生えた赤いトカゲの姿になったではないか。


「どや。 貸す気になったか」


 小さな羽をパタパタ羽ばたかせながらふんぞりかえってドヤ顔している。

 何というか……

「ちんちくりんだ」

「ウオォイ!!誰がちんちくりんや!!」


 赤いトカゲ——いや、小さなドラゴンが吠える。


「だ〜クソ!!こんなボロクソ言われるんならかっこよく登場せんかったら良かった!!もうええ、10分や。10分だけワイを信じて身体を貸せ!!細かい話は全部後や!!」



 ムカデのモンスターは依然として暴れまわっている。


 熱い道路の上で一つ、肩肉を抉られた人間が転がっている。

 目は半開きのまま、血液で白いシャツが肩の傷口からべっとり赤く染まっていた。


 太陽が赤黒くなった血溜まりを燦々と照らす。

 大ムカデがその肉を喰らう為に這い寄る。


 その瞬間、大ムカデの左右の大牙が何かに掴まれた。

 牙を握っている力が強いせいでムカデは身動きが取れていない。


「テメェには……感謝せぇへんとなァ……」

 さっきまで死んでいたはずの血塗れの人間ケントが徐々に身体を起こしていく。


「せっかくの良心や…この恩を無駄にはできへんなぁっ!!」 


 ケントはムカデの大牙を掴んだまま身体を後ろへ捻る。

 4mもあるムカデの巨体がいとも軽々しく投げられ、アスファルトに強く打ちつけられる。


 ケントはその隙を逃さず、半回転し、脚力で垂直に高く飛びあがる。


「喰らえやぁぁぁっ!!!」


 が無防備なムカデになった頭上を目掛けて落ちてくる。

 重力加速を掛けた一撃は、ムカデに断末魔を上げさせる暇もなく、簡単に頭部を粉々に砕いた。


「肩の傷のお返しや」

 ケントはムカデの死骸を背に向けて、その場去ろうと足を動かす。

 だが…

「あえ?」

 ドサッ…

 足が空振り、そのまま地面に倒れてしまった。

「ああ、クソ。もう……時間、切れ……」


 多分ドラコがエネルギーを使いすぎたのだ。

 意識はあるのに身体だけが動かない。

「大丈夫ですか!」


 さっきのゴブリンに、助けられる。


「あ、あぁ。力が出なくて…」

「どこか病院に連れていった方が…」



 ぐぎゅるるる〜〜〜

 盛大にお腹の音が鳴ってしまった。


「あ、なんか…すいません」


 あまりにも恥ずかしい。

 しかしゴブリンは気にせずに(クスリと笑っていたが)、自分より大きい筈のケントの身体を担ぎ上げる。


「あ、ありがとうございます…」

「なにを。君は私を助けてくれたヒーローだ。君には感謝しないといけない」


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