【完結】あやかし街の看板娘

MURASAKI

第1話 今日から無職

「もう、キミは明日から会社に来なくていい!!!」



 目の前が真っ暗になるような言葉を社長から浴びせられ、私は無職になった。

 どうしてこうなったのか?

 それは、ブラック企業どこでもあるある話だ。


 はじめての就職活動で失敗した私は、一緒に卒業した友達が既にバリバリ働いているというのに、卒業した年の六月半ばを過ぎても就職先にありつけなかった。


 私はデザイナーを夢見て、小さな田舎から出てきて都会のデザイン専門学校に入ったのだが、就職率が高いはずの学校からあっせんされるデザイン会社の初任給は手取り十三万ほど。

 これでは一人暮らしをしていくことが難しい。

 そんな中、ハローワークで見つけた家族経営の小さな印刷会社に就職することができた。

 慣れない作業と環境で、最初の一か月ほどの間、たまに居眠りをすることがあった。おかげで知らない間に私は居眠り魔の認定を押されてしまっていた。

 会社では休憩時間は昼の一時間のみで夜遅くまで残業があり、家に帰ると張り詰めた緊張で眠れない。

 確かに私が悪いのだけど、居眠りしていたのは何度も言うけど最初の一か月くらいだ。

 生活に慣れたら誰よりも真面目に仕事をしていたし、居眠りは断じてしていなかったのに、机に張り付いて文字の校正をしているだけで「また寝てる!」と言われ続けるのは流石に理不尽だった。


 そんな会社での生活を二年ちょっと続けた頃、社長から呼び出されたのだ。



「妻からいつも居眠りをしていると報告されている! 今すぐ謝れ! 謝らないなら辞めろ!」



 威嚇なのか、机をバンっ!と叩かれる。


 それ、立派なパワハラですけど大丈夫ですか?


 この二年の間、社長の奥さんは事あるごとに私に嫌がらせをしてきていた。

 更年期真っただ中の彼女には、ただ若い女というだけで腹が立つのだろう。

 お客様に「どうぞ」とお茶を出せば「不要なことは言わなくていいから黙ってお茶を出せばいい!」と怒り、トイレ掃除は女の仕事だと唯一の女性社員である私に押し付け、大学卒の若い男の子にはちやほやしていい仕事を渡すようにと裏で手を回す。

 今回の居眠りを見たというのも、私が気に入らないので寝てもないのに「寝ている」と決めつけ、寝ちゃだめよなんて言われたことがある。こうして追及されて、ようやく「そう言えば」と思い出した。

 あの時は何故寝てないのに寝ていると言われたのか分からなかったけど、隙あらばと常に監視していたのだ。

 私が風邪で無理に出社し会社内で高熱を出し、病院のために翌日有休を取った時も「明日休むならその日の分の仕事はしっかりやっておいてね!」と、熱を出している私を夜中までひとりで残業させたこともあった。


 社長は普段から奥さんの妄想話を常に聞かされているため、私のことが気に入らない。私直属の上司の話よりも、身内の奥さんを優先させたので冒頭の発言に繋がったのだ。


 私はしてもいないことでは謝れないので、言われた通り会社を辞めた。


 後から聞いた話では、社長は辞めろと言えば私が謝ると思っていたらしい。

 上司は「そんなことになっていたとは知らなくて、守れず申し訳ない」と泣いて謝ってくれたけど、こんなことが平気でまかり通るような会社に務める続けることは、すでに奥さんからの小さないじめの積み重ねで精神的にボロボロだった私には、到底無理な話だった。



「はあ、明日から無職か……。どうしよう」



 辞めた翌日から毎日求人サイトとにらめっこしているが、私の希望するデザイナーという職業は、ほとんど求人がない。

 手取りが少ないか、残業が多いので「みなし残業代込」の求人ばかりだ。

 とにかく残業があることは前提なので、住んでいる場所から遠くなくギリギリ生活できるレベルの給料を出す会社に応募をするしかない。

 それから、交通費満額の会社っていうのも大事だ。

 けれどこの不況下では大手の求人しかなく、専門学校卒の私には狭き門だ。

 応募しても面接にはなかなかたどり着けず、面接できたとしても圧迫面接ばかりで疲弊していた私は、面接帰りに神頼みを思いつき、ふと見つけた小さな神社に立ち寄った。


 家から地下鉄で二十分。

 オフィスビル群が周りを囲んだ場所にぽっかりとあるその小さな神社は、木々がうっそうと茂り、そこだけ切り取られた別の空間のようだった。


 こんなに人や車が行き交っているのに、この場所だけ人が居ない。

 敷地に入ると温度がそこだけ2~3度低いように感じる。

 木漏れ日も届かないような、ちょっと不気味にすら思えるその場所に居るだけで、畏敬の念を覚える。


 音が遮断され、異質な静寂の中で私は五円玉を奉納し祈った。



「良い職場に恵まれますように」



 できれば社長と奥さんの会社じゃありませんように。職場環境が良い会社に就職できますように。手取りがせめて人並みの会社に就職できますように。残業の少ない会社でありますように。贅沢ですが社食のある会社に採用されますように。叶うなら、職場で素敵な男性と巡り合えますように。



 五円じゃ足りないでしょ!というくらい厚かましいほどたっぷりお祈りをすると、私は神社を後にした。

 家に帰ると面接疲れが出たのか、そのままベッドに倒れ込んで寝てしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る