第4話 俺の弱さ

 今日は金曜日、明日は休みだ。


「なぁ、今日も遊び行っていい?」

 黒沢直人くろさわなおとが、ランドセルを背負いながら声をかけてくる。

昼を一緒に食べたあの日以来、定期的に来るようになった。

家族も「今日は、黒沢くん来ないの?」なんていうくらいだ。

 どうやら認定されてるみたいだ。

 不本意だ。

作るつもりなかったのに。


 いやだ、と言おうとしたら他のクラスメイトが

「え? 黒沢、長谷川ん家行くの? おれも行きたいっ」

 と、2、3人の男子が集まってきた。

 本当に嫌だ…こういう事にもならないように、過ごしてきた努力が無意味になった。



 ◇◇◇



 結局、男子3人女子2人、合計5人ものクラスメイトが家に来る事となった。

マジで不本意だ。 なんなんだ。 今度から黒沢に、教室で遊ぶ発言させない様にしなくちゃ…。


 5人遊びに来る事を伝えたら、お母さんが喜んで、お菓子を用意しなくっちゃとクッキーの用意を始めた。

混ぜて焼けば、いっぱいできるから、家族のおやつにもよく出てくる定番だ。

でも途中で、砂糖のストックを切らせていたことが分かり、オレにおつかいを頼んだ。

 クッキーなんていらない、と言ったが、砂糖は夕食にも使う。

仕方なしにオレは、いつもの個人商店へ向かった。


「おばちゃーん、お砂糖くださーいっ」

 そう言いながらお店へ入ると、いつものレジ横の椅子に座ってたおばちゃんが「はいはい~。」と笑顔で迎えてくれながら、お父さんとお母さんは元気?なんて聞いて、砂糖を出してくれる。

 最近買いに来るのはオレ達子どもだから、両親とは久しく顔を合わせてないみたいだ。


 そこに黒沢が「なに買ってんの~?」と来た。

オレの家に向かう途中で、オレの姿が見えたからって店にも入ってきたらしい。


「あら、お友達? 黒沢さん家の弟さんよね?」

と、おばちゃんが言った。

さすが地域密着型個人商店、顔見ただけで誰か分かるなんて。


「そおっす。 同じクラスなんだ。」いつもの笑顔で黒沢が返した。

「そお。 よかったわねぇ~。 赤ちゃんだったはやてくんが、ご自宅の前にいたから、家族にするって聞いた時は、どうなる事かと思ったけど。 お友達もできる年になったのねぇ…。」


 黒沢がえ?って顔をしてる。



 当たり前だ、ものすごい爆弾投下してくれたよ、おばちゃん。

おばちゃん本人は、感慨深そうにうんうんとうなずいてる。


「じゃあ、コレお金っ」

レジの受け皿にお金を置くと、返事も待たずに店を出た。

黒沢も慌てながら、オレについてくる。


 オレは、黒沢が何も言わない事を願った、が、

「なぁ、おばちゃんが言ってた事って…。」

と聞いてきた。

うん、黒沢の性格上無理だとは思った。


 そこにちょうど良く、遊ぶ約束をしていた他のクラスメイト達を見つけたから、わざと大きな声をかけて、ごまかした。


 その後は、人数が多いし天気も良かったから、庭で遊んで縁側でおやつを食べてるうちに、いつもの汽笛が鳴って、みんな帰って行った。



 黒沢をのぞいて。



 なんなの、マジなんなのこいつ、マジ見逃さねぇじゃん。


 家族に心配かけたくなかったから、送ってくるって言い訳して家を出た。

 ホントに仲良いねぇ、って言葉は聞こえないふりをした。



「………で?」

「でって?」

「おばちゃんが言ってた話。 家の前にいて家族にしたって。マジ?」

「……………マジ。」


 少しの間、ごまかそうかと思い考えたが、なんか見抜かれそうでやめた。



「えええぇぇぇ~…そっかぁ~………。じゃあ、今の家族は血がつながってないって事?」

「……そうだね。」

 歩きながら、淡々と答えた。

 なるべく、感情的にならないように。


「そうかぁ、んだぁ…。」


 無意識に、顔とポケットの中の手に力が入った。


「あ、じゃあさ、アレも? 姉さんのなりたい仕事知らなかったのもそのせい?」


 ドクンッ。 心臓のなる音がした。


 オレの足が留まる。

全身が心臓みたいにドクドク言ってる。


 違う、そう言いたかったのに言えなかった。

もしかして、と自分でも思っていたから。


「父ちゃんがさ、家族の気持ちはなんとなく分かるって言ってたけど、血がつながってないと分かんないもんなの?」


 オレの方を見てないからか、オレの様子に気付かずに、黒沢が話し続ける。


 オレはうつむいて、心臓を、少し握ったこぶしで抑えた。


「…はやて?」


 反応がない事を不思議に思ったのか、黒沢が振り向きオレを呼ぶ。



 やばい、顔上げられない。

 自分がどんな顔してるのかわからない。


「…じゃあな。」


 軽く走るように、その場から離れた。

 黒沢は何か言ってたかもしれないけど、聞こえてないからわからない。



 マジであいつ嫌いだ。



 時々、射貫くような顔で見てくる事があった。

見透かされそうで怖かったから、あまり仲良くなりたくなかったのに。

ふざけるな、ふざけるな。

いや、あいつだけじゃない、他の奴らだって…。

だって、だって仲良くなったら、


「かなしくなる…。」



ぽろっと自分の口から出てきた言葉に自分でびっくりした。




 …そうか、オレは、から、誰とも仲良くなりたくなかったんだ。




 なんで?

みんなはなのに、オレは違うから?


って、再確認するから?


それとも、かなしいから?



 オレは、って聞いた。

って、どっかで思ってた?

が迎えに来るかもしれないって?







 でも、迎えに来るわけない…。


 もうすぐ10年だ…。









 頭がぐわんぐわんしてる。

 視界がゆがむ。



 いつの間にか来ていたらしい海が鳴いてた。

 もう暗くなり始めだ。







 オレは、気が付いたら海に向かって叫んでた。




 慟哭ってこういうのを言うのかな?

 号泣ってこういうのを言うのかな?


 なんだこれ、頭が痛くてたまらねぇ。





 自分が、嫌で、たまらねぇ。







 情けなくて、さびしくてかなしくて、弱くて弱くて弱くて弱くて弱くて…………。





 こんな自分が、大っ嫌いだ。















 どのくらいそうしてただろう。

 頭だけじゃなくて、耳も心臓も痛くなってきて、握りすぎてた手も痛くて…。

 もう、声も枯れてごふごふと咳が出る。



 でも、涙は止まらない。

 涙が止まらないから、頭と耳と心臓もどんどん痛くなる。



 咳の合間に「うぁ…。」とか「うぐふ…。」とか情けない声が漏れる。



 涙どころか鼻水も出てて、多分顔はぐちゃぐちゃだ。






「はやてっ!!」




 そんな時、声が聞こえた。

 痛くてうまく働かない頭で、母さんの声なのを判断する。


 あれ? 幻聴?



 そう思った次の瞬間、冷たくなった身体を抱きしめられた。




「全然帰ってこないからっ何してるのかと思ったらこんなところにっあんた薄着のままで何やってんのっ!」



 そんな事を言われて、自分がコートを着てない事を思い出した。


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