第12話 救援


(あの妖いい性格してる。妖に理性ないって言ったの誰だよ。絶対嘘だろ!)


 翔輝がやっと一人子供を気絶させられた後、操られていたからといって殴ってしまった申し訳なさとドッと来る疲労感で、未だ動く様子のない妖に文句を言う。


「うわぁあ!」

「おい炯玩けいがん、俺だよ!正気に戻れって…!」


 しかし休息する時間もなく、翔輝は聞こえてきた叫び声の方へ駆け出した。

 翔輝の向かう先では背中を向け合っている二人に、憑依されている男と子供二人が同時に襲い掛かってきている所だった。


 翔輝がたどり着けるか、憑依された人間が先に村人に攻撃するかは五分五分。

 翔輝は走り寄りながら左手に持っていた木の棒を右肩近くに寄せた後、「ごめんな!」と言ってから思いっきりそれを投げた。


「…!!」


 翔輝の投げた木の棒はまさに村の男に襲い掛かろうとしていた少女の背から出る妖の手に命中する。

 多少でも木の棒にあたり体制が崩れた少女はやや驚いたような顔をした後、そのままその場から距離を取ろうとするが、ちょうど彼女の所に翔輝と同様駆けつけた他の村の男によって首元を叩かれ気絶した。


 ヒュッ!


 右側から風の音がして翔輝がとっさにしゃがんでかわすと、頭上で少年の足が空を切る。翔輝はそのしゃがんだ体勢のまま後方に下がると、足蹴りをしてきた少年の顔がはっきりと見えた。あの時とは少し違う、くすんでしまった緑色の瞳がボーっと翔輝をとらえている。


「憑依されてもまず足蹴りで攻撃とは。やっぱりまっすぐな奴なんだな、お前」

「……」


 少年の表情は変わらない。

 ただ無表情のまま体勢を低くすると、地面を蹴って一気に距離を詰めてきた。


 翔輝はとっさに伸びてきた少年の手を流すと、彼の腹部めがけて右手を突き出す。

 しかし、少年は反応よくその右腕を両足で押し下げると、後ろへバク転する際の足を翔輝の顔めがけて蹴り上げた。翔輝はその蹴りを何とかかわすも、目の中に少年の靴についていた砂が入り一瞬視界がにじんで暗くなる。


 少年はその隙を狙って、今度は妖の手で翔輝を掴みグッと力を入れた。その力の強さに、翔輝の体からミシッと嫌な音が鳴り、翔輝も苦痛で顔がゆがんだ。その時――



 横から別の物体が飛んできて少年の束縛から翔輝を解くと、翔輝を守るように立ちふさがった。


 翔輝は軽くせき込みつつ目の前にいる彼らを見上げる。

 そこには白い毛並みをもった一匹の狼と、光が反射し銀色にも見える短い黒髪をわずかに揺らす少年――白蓮がいた。

 白銀に乗った白蓮は何やら赤い字で書かれている細長い紙を胸の前で構えて前を見据えている。


「ハッ!」


 白蓮が掛け声と共に放った複数の紙札はそれぞれ憑依されていた彼らのもとに近づくと、光を放ち彼らの意識を失くさせる。その後も、白銀から降りた白蓮は聞き取れない声でブツブツと呪文のようなものを呟くと、彼らに張り付いた紙から白い糸のようなものが出ると彼らが動けぬよう縛りつけた。

 その光景はあっという間で、彼らと対峙していた村の男たちもしばし目の前で起きたことを静観していた。


「なんでお前ここに…」


 思わず驚き漏れ出た翔輝の言葉に、縛られ気絶している少年を見ていた白蓮は澄んだ露草色の瞳をゆっくり翔輝の方に向けて言う。


「…なんで?それは私が聞きたいです。何ですか?これ」

「え?」


 白蓮はジトーっと翔輝の顔を見るとグシャグシャになっている小さな紙きれを突き出した。翔輝はその紙を見て「あ、俺の書いた書置き」と呑気に答える。その瞬間白蓮の顔がますます険しくなった。


「『あ、俺の書いた書置き』じゃないですよ。『寝ておけ』? 記憶喪失者に寝ておけって言われても無理に決まってます! 馬鹿ですか? もしかして思考回路が壊滅してるんですか!?」

「元気になって良かったよ」

「話をそらさないでください」


「紙ぐちゃぐちゃだな」と笑いながら言う翔輝に「今重要な話をしているのですが」と鋭い目つきで抗議する白蓮。

 今の状況下ありえない会話を繰り広げる二人の姿に周りにいた村の男たちが困惑する。しかし白蓮がふと彼らに視線を向けると、彼らは怒りの顔ではないものの未だ顔を引きつらせた。


 白蓮はその様子を見ていつものように顔を曇らせると何もなかったように巨大な妖の方に目を向けた。


「これからできる限り陰の気を取り除き、封印をはり直します。子供たちも助けますので、皆さん少しこの場所から離れてください」

「は、白蓮、すまない、俺達はずっと」

「謝罪は必要ありません。話は後にしましょう。…今は、お互いすべきではありません」


 白蓮が有無を言わさないように言葉を遮ると、村人たちは口を噤みしぶしぶと白蓮の言う通りその場から少し離れた場所へと離れた。


「大丈夫か?」


 立ち上がった翔輝が琥珀色の瞳を心配そうに揺らしながら問う。白蓮は自分の歯で指の皮を噛み切ると、そこから出た血で何語ともわからない字を地面に書き出しながら答えた。


「はい。封印を施すための杭はすでに配置済みです。後は術式を唱えれば――」

「そうじゃない。顔が青い。…無理してるんじゃないか?」


(よく気づくなこの人…)


 白蓮はそう思いつつ微かに震えている手をもう片方の手で押さえた。

 目の前にいる巨大な陰の塊である妖に体がおびえているわけではない。ただこの空間が白蓮にとって気分の悪くなる環境である事には変わりなかった。これも白蓮が多少祈祷術が使えるからか、こういう気には少々敏感なのだ。


「大丈夫です。それより、早くあなたも村人たちのところへ。白銀も皆と杭の外へお行き」


 白蓮の言葉に翔輝は頷き、白銀は離れがたそうに一度喉を鳴らすと、村人たちの後へすぐに向かって行った。


 白蓮は杭で張った陣の中に人がいなくなるのを感知すると、また別の杭を手に持ち術を唱える。すると白蓮の手の中にあった杭が意志を持ったように浮き、妖の周りを囲み始めると静かにその地面へゆっくりと降りて突き刺さった。


 その瞬間、外側に配置した杭から青白い光の線が浮き上がり、不思議な模様を地面に刻みながら内側の杭へとそれを伸ばしていく。


 白蓮の黒髪がゆらゆらと揺れる。

 ゆっくりと真横に持ち上げた両腕が目の前にいる妖にまるで何かを押し込めるようにそのままの高さで前に突き出された。すると瞬く間に陣が完成し地面一帯から光が放たれ、妖の憑依を受けていた者たちから陰の気が溶けては消えていく。その消える様子はまるで小さな蛍が白い光を放ち宙を舞っては儚く消えていくようだった。


 その神秘的な光景に、嘘のように澄んでいく空気に、杭の外で様子を見守っていた翔輝たちは目を見張り息を飲んだ。


 妖の放つ黒い炎が少しずつ小さくなっていく。炎を見ることができないただの人が見ても、妖が苦しそうに体を動かす様子が遠目からでも理解できた。

 しかし、ある所までくると炎の大きさが変化しなくなった。翔輝が訝しく思っていると陣の光の強さも心なしか弱くなっていることに気づき、急いで近くに刺さっているはずの杭を探した。


(…! 杭の札が燃え始めている!?)


「おいあれってもしかして、目か…?」


 翔輝の近くで様子を見ていた男がやや声を震わせながら指を指す。

 見ると真っ赤な瞳の中に黒い丸が4つ円状に並んでいる二つの目が端っこに浮き出ていた。そしてしばしあちこちに目を動かした後白蓮の姿を捉えると、まるで笑うように目が三日月型になる。その瞬間、翔輝の中で警鐘が鳴り響き、気づけば杭の中へ体が動いていた。


「白蓮!そこから離れ――クッ!」

「ッ!?翔――、ウッ!カㇵッ…!!」


 突如妖から伸ばされた二本の長い手によって、翔輝と白蓮が別々に突き飛ばされる。そしてそのまま突き当たった木に括りつけられたかと思うと、妖の手がまるで木の一部のように固まってしまった。


「白蓮!旅の兄ちゃん!」


 ある村人の声に翔輝はピクッと動いて痛みをこらえるように顔を持ち上げるが、白蓮は衝撃が強かったのか力なく頭を下げたままだった。


 白銀が白蓮のもとへ近寄り、木化した妖の腕に体当たりをしたり歯を立てて引きちぎろうとする。村人たちはそれを見て、白蓮と翔輝を縛り付ける腕を鍬などを持ち直し、力を合わせて壊そうとした。しかしなかなか頑丈で壊れてくれない。


「おい見ろ、あ、妖が!」

「白蓮の術も解けちまってるぞ!?」

「おい、子供たちを救出しに行くぞ…!」

「クソッ、なんで壊れないんだ!!」

「こっちも壊れねぇぞ!」


 村人たちの恐怖や焦りに満ちた声に、先程までまったく動かなかった巨大な妖が徐々に起き上がり空を見上げたかと思えば、口のようなものを大きく開けて笑うように叫び始めた。その声が光景が彼らの恐怖心をさらに掻き立てる。


「もう、終わりだぁ!」

「誰か…!!」


 妖の黒くて長い手が村人たちの恐怖に引き寄せられるように近づいてくる。誰もが絶望し目の前の出来事を否定するようにきつく目を閉じた時



 ヒュッ、ドーーン!!



 突然風を切るような音と地鳴りがしたかと思うと、先程まで白蓮がいたあたりに二つの人影現れ、赤色と水色のオーラのようなものがあたりを包んだ。

 すると、妖の愉快そうな笑い声がうめき声に変わり、村人達が壊せなかった翔輝と白蓮を縛る妖の腕もそのオーラに触れると嘘のように溶けて消えていく。


「やっと来たか」


 村人たちが驚き「あの色は何だ?!」と騒ぐ中、束縛から解放された翔輝は一人フーッと息を吐き出した。

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