27話 そのあとふたりは
それは、卒業式も間近に迫る、寒い季節のことだった。
中学で一緒になる子、別々になる子、はっきりしてきて、中には残り少ない時間を惜しむ生徒もいれば、中には家は近いからと、さして別れのムードにない生徒もいた。
のぞみは、美優との関係がうやむやに終わることを恐れた。
中学は別々になる予定だった。このままでは、親友に悪いことをしたまま、終わってしまいそうだと思った。
それをどう克服しようかと思ったとき、やはりふたりをつなぐものは本だった。
図書委員の仕事以来、気が付くとのぞみは図書室から足が離れがちだった。その図書室に、のぞみは久方ぶりに足を運んだ。
美優が以前、よく座っていた席の近くで、のぞみは時を過ごすことが増えた。
美優は、すぐには姿を現さなかった。避けられているのかもしれない、とのぞみは思った。それでも、根気よく通い続けた。
クラスでも顔を合わせることはあったが、ほかの友人たちもいる中で、素直になるのは難しかった。そのことがすでに裏切りかもしれないとは思ったが、のぞみは自分のしていることを信じた。
そして数日。そろそろ帰ろうかと思っていたそのとき、誰かが隣りの席までやってきた。
「何読んでるの?」
そうたずねたのは、美優だった。
のぞみはたじろいだ。けれども、言葉に迷う前に、手にしていた本を示せばそれで良かった。
「それ、面白い?」
美優もまたためらいがちに、そうたずねる。のぞみは自ずと笑顔になる。そこからの雪解けは、もう難しくなかった。
その帰り、美優と並んで歩きながら、のぞみは美優にずっと気になっていたことをたずねた。
「お話、まだ書いてるの?」
聞くとき、少しためらいもあった。けれども、美優は恥ずかしそうながら、うなずいた。
「今度、読んでもいいかな?」
思い切って聞いてみる。
「いいの?」
美優もうれしそうに答える。のぞみは快くうなずく。
それで次の日には物語のノートを持ってくると約束を交わした。放課後に、また一緒に帰ろうと。
翌日の放課後、のぞみは掃除当番だった。美優は、のぞみに目配せすると席を立った。
当番が終わる頃に戻るという合図だ。
掃除の間、教室は騒然としがちだった。別の掃除当番が美優の席の近くを掃除していたとき、横に掛けてあったかばんを取り落としてしまった。
中からノートや教材が床にぶちまけられ、その中には、美優の創作ノートも含まれていた。
「あっ……!」
のぞみは焦った。けれども、そのとき彼女は美優の席から離れすぎていた。
「なあに、これ?」
明らかにノートの冊数が多く、装丁も並みのものよりきれいなことから、落ちたノートに女子数人が集まってきた。
「きれいなノート。なんの教科だろ?」
あろうことか、ノートを開いてしまう。
「すっごい、文字びっしり!」
そのまま好奇のままにぱらぱらとノートをめくっていく。
止めなきゃ! のぞみは思った。けれども足が動かなかった。
そのとき、教室の扉が開いた。現れたのは、戻ってきた美優だった。
「あっ……」
美優と目が合うと、ノートを開いた女子たちの間に気まずい空気が流れた。
美優の視線が鋭くなるのを、すぐ近くでのぞみは見守ることしかできない。
「何してるの?」
美優は怒りをあらわにして、ノートを手にした女子のほうへ歩み寄っていく。
周りに集まっていた女子たちは引く波のように散っていき、ノートを持った子と美優とで向かい合わせになる。
「落ちてたから拾っただけだし」
ふてくされた様子で目も合わさず、その子は乱雑にノートを手渡す。美優が黙ってノートを受け取り、席へ戻ろうとすると、
「感じワルっ……」
わざと聞こえるように言った。
「人のもの、勝手に見るほうがひどいんじゃない?」
美優も負けじと言い返す。
「てか、そういう授業と関係ないもの、持ってきていいわけ?」
相手の子も食い下がり、美優のノートをつかむ。
「先生に言いつけるから!」
それでふたりはほとんど取っ組み合いのような状態になってしまった。
引っ張られたノートはゆがみ、破れてしまう。
周りの空気が凍りつく。
美優は相手の子を突き飛ばすと、取り落としたノートの切れ端を拾い集め、かばんを担ぐと教室を出ていってしまう。
その間際、のぞみは美優と目が合った。美優の目には悔し涙がたまっていた。けれどものぞみは、怯えたように見返すことしかできない。
「なによ、あいつ……」
突き飛ばされた子は、うずくまったまま泣いており、取り巻きの子たちに慰められていた。
のぞみは教室を見回した。誰も自分に注目していないことを確認し、それからようやく、廊下へ飛び出した。
先生に見つかったら怒られるかもしれない。
そうと知りつつ、走った。
下駄箱で、なんとか美優に追いつく。
「美優ちゃん!」
美優はもう靴を履き替え、出ていこうとしていた。
「待って!」
上履きのまま追いすがる。美優は、ぴたっと立ち止まる。
「なんで……?」
押し殺した声で、そうたずねる。
「なんで、黙って見てたの?」
のぞみは、ずっと教室にいたのだ。止めようと思えば、すぐに止められたはずだ。
「一緒になって、笑ってたの?」
そう問われたとき、のぞみの心に、大きなヒビが入った。
泣きそうになってしまい、のぞみはそれをこらえるので必死だった。
友人に、何も言って返すことができなかった。
美優は振り返らなかった。そのまま校門まで走り去っていってしまった。
のぞみは、もう追いかけられなかった。その場に崩れ落ちて、泣き続けることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます