グラブジャムンとシュールストレミング


「はーッごちそーさま!」


 満足そうにウミガメの卵かけご飯もコガネムシの素揚げを完食した木場さん。横目でずっと見ていたが、本当に美味そうに食べていた。……信じられんが、慣れたらそうでもないのかもしれないな。


 そして俺も牛のキンタマを完食した。やっぱり事実を知ってしばらくは口が抵抗したけど、所詮は牛の肉だ、焼肉感覚で食べればどの部位だろうが関係ないとマインドコントロールしたら全然食えた。


「デカデカライオン君も、いい食べっぷりだったね〜!」


「いやいや、木場さんには負けるよ。よくバリバリ虫食べれるな…って。ごめん、食えると言ってもやっぱビジュアルと、あの咀嚼音そしゃくおんが……」


「あはは、それがふつーだからしょうがないよ! 人間の文明が発展し過ぎた結果が、虫嫌いの要因らしいしね!」


「あー……それネットで見た事あるな。自然離れして都市生活に適応すると、心理的に虫を嫌悪するとかなんとか」


「そーそ! 私も生まれが副都心でさあ、小さい頃ほんっと虫ダメだったの! 今でも生活圏にいる害虫辺りは苦手かなあ」


「へー……でも木場さん、食用の虫なら全然いけてるよね。どうやって克服したの?」


 食後の話が弾み、俺は木場さんに理由を尋ねてみた。マジできっかけが気になる。多分虫食うの乗り越えてからだろうからな、この奇抜食マニアは。


 すると木場さんはお互い完食したお皿を重ねて、店長に渡すと記憶を手繰り寄せる様にテーブル上に手を戻す。


「……小さい頃、おじいちゃんの家に遊びに行った時、飲食店をやってたおじいちゃんがタガメの佃煮を作ってくれたの。でも——私は虫が大嫌いだったから、泣き喚いて拒否したんだ。結局最後まで一口も食べなくてさ」


「まあ、それはしょうがないだろ。俺だって今出されたら拒否する……くらいには、抵抗あるし」


「……その後すぐに、おじいちゃんが死んじゃって。お葬式に来た人は、思い出の郷土料理だったのにってみんな悲しんでた。——それでもう二度と食べれないんだなって気付いて。……罪悪感が湧いてさ」


 木場さんは下を向いて切なそうに言った。大多数が無理な料理に対して、申し訳無さが湧くとか彼女の芯にある優しさが垣間見えるな……。


「それからどんな味なのか、なんでおじいちゃんの地域では食べられてきたのか、凄く知りたくなったの。……興味が湧いて、いざ食べたら……すごく美味しくて、口から広がる不思議な世界にワクワクが止まらなかった」


「それが、今の食通のきっかけにも……なってたり?」


「そうだね。それから私は、食べ物を見た目で嫌悪するのをやめた。そしてもっともっと知りたくなった。なんでそれは食べられてきて、なんでそれは食べられるのかを」


 彼女はお冷を軽くごくごく飲み、ふぅと息を吐くと木場さんを見つめ続ける俺と目とが合う。ドキッとした。


「世界一甘いお菓子、グラブジャムン。世界一臭い缶詰、シュールストレミング。どっちも食べて、慣れるの大変だったけど……最終的には完食したの。結局は慣れみたい。おもしろいよね、人間の食文化って」


「えっ……あのヤバイ缶詰も慣れたの!? す、すごいな木場さん……根性とイノベーションが半端ねぇ……」


「えへへ。でも多少好き嫌いの影響はあって、どこまでいっても不味いと思うものはやっぱり不味いよ。でも、こんなの美味しいと思えるの私だけだろうな〜ってものと出会う度に、すっごく幸せな気持ちになるの!」


 木場さんはニッと俺の大好きな、飯を食った事で浮かべるあの幸せそうな笑顔を見せた。そうだ……木場さんのその顔が、俺は——大好きだ。


「それが食べられるって、その世界で食べられてきたって何か意味があるんだよ。私、食べてその理由が知りたい、気付きたい。だから大好きなの、奇抜なもの!」


 店長の皿を洗う水の音が、耳に入ってくる。それで洗い流される様に、視界に入る木場さんが綺麗に見えて仕方がない。とっても眩しくて、直視できず目を逸らした。


「そっか……」


 彼女の食に対する熱意に当てられて、俺の顔が熱くなっていくのが分かった。木場さんはただの物好きじゃなかったんだ。


 心臓がドキドキしてる、これが彼女が言う——世界で自分だけだろうってものと出会えた時の、幸せな気持ちなのだろう。

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