第X5話




「あなたが魔法使いウォーロックか?」


 フォラント辺境伯爵は冷ややかにそう言い放つ。


 なるほど、この威圧は四十という若さではないな、なかなかだ。十二の僕がそう評するのもおかしな話だが。


 辺境伯爵は長身の男だった。辺境伯を継いだだけある。見た目も強面が故に威圧的に見えるのだろう。本人もそれを利用している口だろうな。


 第一印象でティアに似ていないな、と思った。


「ええそうです。初めましてベルナール卿」

「カール殿下だと、本物だという証拠は?」

「ありません。あったとしてもあなたが信じなければ意味はないでしょう?」


 笑ってみせる。証拠はない、この顔以外は。

 包帯のない僕の素顔をじっと見て辺境伯は納得したようだ。


「なるほど、よく似ておいでだ。」

「ええ、奸計は父似、笑顔は母似だとよく言われます。」

「そこは知略では?」

「どうだったかな?あの父なのでどうでしょうね?」


 エングラーでは会えない。バレればあいつに警戒されるだろう。だから隣街に呼び出した。安宿の一室で辺境伯と落ち合う。

 僕自身も今は身分を偽っている。ティアの名と魔法使いのサインだけで出てきてくれた。親子仲は不仲なようだがティアは本当に愛されている。


「今までの経緯は先に送った通りです。現在はエングラーに身を隠しています。僕の影で守っていますのでご安心を。」

「あれは無事ですか。よかった。」

「深読みしてそちらの手のものを蹴散らしてしまいました。申し訳ない。途中から気がついて泳がすようにしました。」


 そう伝えればベルナール卿はなんとも複雑な表情をする。娘が心配で放った追跡者が皇子の暗殺者と疑われたと理解したようだ。


 ティアの同行者の情報は聞いていただろう。まさかその少年の正体が皇子とは思うまい。偶然旧道で出会ったと伝えたが信じているかどうか。未だに僕も信じられないくらいだ。


「エングラーでも無事でしょうか。あの男は‥」

「いろいろと仕掛けてきましたが全て退けました。ですが三日前にセレスティア嬢に毒が盛られました。」

「それは!!」


 蒼白の顔で立ち上がる辺境伯を宥める。僕の言い方が悪かった。


「すみません、無事です。解毒済みです。暗殺者アサシンも捕らえました。ですが命の危険はまだ残されています。ですから——」

「エングラーではなくここに私を呼び出されたと?」


 娘が無事とわかり一呼吸置いて冷静さを取り戻す。理知的だ。聡い上に話も早くて助かる。馬鹿はどこまでも話が通じないから。


 ならばと早速本題に入った。


「質問に答えてください。セレスティア嬢に遺産はありませんか?グイリオが相続人の。」


 ふうと辺境伯が息を吐き目を閉じる。アタリか。


「叔母からその条件の遺産があります。婚姻することで相続できます。あれが死んだらグイリオが相続する条件がついています。あれには伝えていません。」


 なるほど、それか。ずいぶんと意地が悪い。

 そんな条件がついた遺産など伝えられないだろう。


「土地はフォラント中央に横たわっている。私が欲しがっていると奴は知っていた。相当金に困っているようだった。」

「土地を手に入れて売却で金を得ようと?」

「そうなるでしょう。金に汚い男だ。だから追い払った。」


 やはりそうだったか。割と見たままの男だった。特に多くを語っていないのだがベルナール卿は察してくれたらしい。


「必要であれば証言します。」

「その際はお願いします。被相続人は一番上の叔母君ですね?師匠と呼ばれている?」


 辺境伯が無言で頷き肯定する。だとすると仮説の動機がはっきりする。


 ここで第一印象と仮説から思いついたことを口にする。


「ベルナール卿、セレスティア嬢はあなたの娘ですか?」


 ぎろりと睨まれる。この問いでは当然だ。無礼を承知でわざと単刀直入に聞いた。

 まあまあ圧はある。それを悠然と睨み返す。そうやって今まで相手を支配してきたのだろうが、それは僕には効かない。


「当然です。」

「あなたの娘ですか?」

「私の娘と申し上げた。それ以上でも以下でもない。」

「どちらかというと彼女は叔母君に似ている様ですが、それについては?」

「あれの母とは姉妹だ。ごく普通でしょう。」

「だがあなたとはあまり似ていませんね。」


 これは誘導。この揺さぶりでなんと答えるか聞きたかった。


「私の娘です。」


 模範解答。

 あれこれ言い募らない。ボロが出るからだ。

 正解だ。まずいな。

 聡くて口が硬い。これは手強い。


「セレスティア嬢の母君には犬歯がありましたか?」

「ありません。私にはあります。私の両親にも。」


 即答。その線もわかっているのか。


 犬歯がない娘。

 犬歯があれば別の疑念もあったが。

 いや犬歯があったとしてもはわからない。


 疑念があるその上でベルナール卿は娘を慈しんでいる。ならばこれ以上問いつめても意味はないだろう。




「叔母君との関係について伺います。なぜ卿は叔母君との婚約解消を?」


 無言。背もたれに寄りかかり顔を背け視線は窓の外。黙秘か。


「セレスティア嬢の母君が妊娠中に叔母君も引きこもられていましたがその事情は?」


 目を細め無言。黙秘。


「話を聞いてフォラント家を辱めようとしているわけではありません。セレスティア嬢を守るためです。事情を知りたい。」


 無言。それでも黙秘か。


「その後叔母君を後添えに迎えようとしてやめられている。理由は?」


 無言。言い訳ぐらいしてほしい。全然話さない。予想はしていたがここまでか。まあ黙秘からわかることもある。


 ふうとため息をこぼす。


 そして最後の問いを口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る