第八章(1)…… 自業自得の賞賛



 白いSUVの運転手が起こした事故について、後日、梶山は警察に事情を聞かれたらしい。


 また、須藤務が自ら警察に出向いて過去の真実を話したせいで、芋づる式に須藤務の母親、千加と不倫相手の中野亘の間でどのような関わり合いがあったのかが明らかになった。


 中野に多額の借金があったのは想定内、少なくない数の女性との結婚詐欺や寸借詐欺をやらかし、仕事先で金を持ち逃げしたり、さらにかなりやばい連中と闇取引に手を染めてたりと、出るわ出るわで聞けば聞くほど渋面になるような人間性が見えてきた。


 若い頃はきっと、純粋に他人の心をつかむほどの魅力があったのかもしれない、と修哉は思った。

 どんなにきれいな顔で生まれついても、年齢を重ねるうちに本人が育ててきた顔へと変わっていくものだ。


 アカネが中野を見て言った感想を思い出す。——あたしはああ言うの好みじゃないけど、……あれがいいっていうひとはいるのね。


 中野の余罪の裏が取れて、あとは逮捕と思っていた。だが、どうも決着の様相が変わってきた。

 中野の態度がおかしい、演技でもなさそうだ、と問題になって、まずは病院に入れて精神鑑定を行うと決まったらしい。


 それもそうか。あれだけ巨大に膨れ上がった、醜悪な狂気がのしかかってくりゃあなあ。


 最後に見たかたちはいくらか人の姿を保っていた。だが、それこそが千加の思いの強さ、というより狂気の度合いを表しているようで、ぞわぞわと鳥肌が立つ。


 修哉は、千加の執着を身をもって体感したからわかる。


 心の底から求めていた。壊れた思考でなおも強く恋い焦がれ、足掻き、ついに欲しい男を手に入れた。


 須藤千加は中野をどうするだろうか。

 ふつうの人間が死霊に逆らうすべはない。あんなものに取り憑かれてしまったら正気など吹っ飛んでしまう。


「どうなると思う?」とアカネに訊ねた。

「さあ? いっしょに生き地獄に堕ちるんじゃない? 狂えればまだ救いがあるかもね」


 あのひとにとっては、とても幸せな時間なんじゃないかしら。ご同類としては正直、うらやましいくらいの結末だと思うわ。

 そう言って、目を細めて屈託なく笑った。


 清々しいほどの讃えぶりに、生きている側の修哉にとっては背筋が寒くなる思いだった。


「一生病院暮らしか、自殺するか、いずれにしても自業自得だと思うからしかたないんじゃないかしら」


 気にする必要もないわよ、とあっけらかんと言い放った。


 どこで間違うとあんな転落人生が待っているんだろう、と修哉は深い溜め息をついた。

 せめて、自分はあんなふうにならないように真っ当に生きよう。そう思った。

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