第2話

 その日、おかしな夢を見ていた。

 俺は地図を片手に、森の中をぐるぐる探索しているのだが、行けども行けども目的地にたどり着かない。


 これと似たギミック、昔のRPGにあったな。

 一箇所でもルートを間違えるとスタート地点に戻されちゃうやつ。


 ふいに空が暗くなったので、足を止めて頭上を確かめた。

 にわか雨かと思いきや、落ちてきたのは黒いモコモコ。


 顔面にぶつかった物体を拾ってみる。

 温かい、そして変な臭いが立ちのぼっている。

 これは……まさか……。


 ぷしゅ〜〜〜!


 うわっ、キツい!

 オナラの臭いだ!

 鼻がもげそう!


 一瞬にして安眠を破られたせいで、ベッドから転げ落ちる俺を、彼女は楽しそうに眺めている。


「にゃ! にゃ! にゃ! にゃ! にゃ!」


 この人間じみた笑い方にも慣れた。

 何を隠そう、俺の彼女は黒猫なのである。


「勘弁してくれよ、目覚ましがわりのオナラは。君のせいで変な夢を見ちゃったじゃないか」


 俺はやれやれと首を振り、落ちていた眼鏡を拾った。

 ニャンコ用給水ボトルの中身を捨て、新しいミネラルウォーターに詰め替えてあげる。


 初めて知ったが、猫のオナラは臭い。

 彼女はグルメなせいか、特に臭い。


「まさか、固形物まで飛び出していないよな」


 鼻をゴシゴシしてみたが、セーフ。

 いくら彼女でも許せないことの1つや2つはある。


 結論からいうと、彼女が黒猫になっても、そこまで大きなインパクトはなかった。


 そりゃ、警察に捜索願を提出したり、彼女の職場に電話したりといった諸々の手続きはあったが、半日もしないうちに片付いてしまった。


 それより苦労したのは演技の方だ。


『婚約者が行方不明になって、さぞお辛いでしょう』


 と頻繁ひんぱんに慰められるから、この世の終わりみたいな表情で、


『絶対どこかで生きています。俺は彼女を信じています』


 と涙ぐむ必要があったのだ。


 これも保身のための措置だと思ってほしい。

 平気そうな顔で暮らしていたら、警察から嫌疑の目を向けられかねない。


 肝心の彼女はというと、新しいニャン生を満喫している。

 平日なんてずっと家にいるから退屈なのでは? と思ったが、全然そんなことはないらしく、寝ている時間以外はひたすら趣味を楽しんでいる。


 紙の本を読めるし、タブレット端末を操作できる。

 エアコンのリモコンだって自力でポチポチできる。

 できないのは缶やビンを開封するのと、牛乳を電子レンジで温めるくらいで、残りの90%は自分で勝手にやる。


 まあ、できない側の10%に家事全般が含まれているから、俺の負担が微増しちゃったのだけれども。


 自慢のソファに寝っ転がりながら、お気に入りの海外ドラマを視聴する彼女は、下手したら世界一の大富豪なんかより幸せな生き物かもしれない。

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