とある事務員の零話

@tureRia

第1話

※この小説はフィクションです。


何かが小刻みに震える音で目を覚ました。布団から手を出し、手探りで掴んだそれを指先で触れて止めた。

また意識が遠くなる。

ゆめとうつつを行き交う意識を家族の呼び声が引き戻した。朝を告げたスマートウォッチを腕に巻き、痛む胃になんとか飲み物を胃に流し込み、最低限の準備を整える。

足どころか腹まで絞めるタイツは肌を完璧に見せない。胴回りが伸びないので、必然的に食事制限されるスカートに全く袖の防御力がないベストの左胸にはカッターや3色ボールペン、蛍光ペン、シャチハタが突き刺さっており、礼をするたびバラバラ溢れた。シャツは自分で選んだ肌触りのよいものだ。地肌に触れるものは気にしていきたい。それにくたびれたカーディガンを羽織ると、鞄を持ち、革靴を履き、車に乗り込んだ。

通勤時間が1番の癒しの時間だ。気に入った音楽を聴きながら、警察に捕まらぬ程度にスピードを好きにできるのは気が紛れた。歌は好きだが、人の声が耳に障ることもあるし、またその逆もある。愛用の壊れ掛けの10年以上の付き合いのipodをケーブルに突き刺し、エンジンに火を入れた。今日は朝礼当番ではない。

憎たらしいほどの天気だ。自動ブレーキが勝手に効いてしまいそうな燦然と輝く朝日を浴びれば、むしろ良い退職日とハンドルを海に切るのも致し方無い。

のんきにタイヤを回す高校生を幾度か追い越し、記憶より歪んだ標識に左のカーブミラーを傷付けると、朝1番に会社へと着いた。

社長の奥さんにして、係長が後から来る。

仕事はできるが、最近心当たりのないミスを押し付けられる。最初は憧れていたものの今では辞めたくなる一因だ。現在ではまったく雑談等話さない。

「おはようございます!今日はいい天気ですね!仕事辞めます!」なんて言えるはずなく。要らぬ言葉を飲み込んだ。

もう1人。今年から家庭の事情で社員からパートになった方だ。明るくムードメーカーであるため、口下手な私にとって大変ありがたい存在で崇め讃えたいが、現在では朝遅く夕方早くに帰ってしまうので、冬の太陽のようだ。彼女がもし辞めてしまうのであれば、私の終の日であろう。彼女が夕方までいてくれるなら、電話応対も請け負ってくれるだろうし、私の業務がだいぶ楽になる。何せ偉い人は電話を選ぶ。

事務3名。夕方からは2名で回す職場は他社に比べ、穏やかな様子ではあるが、何分来月から2年目になるが故、仕事を覚えるもしくは覚えたて、さらには仕事量が増え、3ヶ月の一度の仕事が来ると私の少ない桝の容量がいっぱいいっぱいであり、奥方がさらに以前と言っていることがかけ離れ、確認していただいた請求書の名目は部長も交え、散々話し合ったはずなのに違うと注意をされるとこう長々と文章も書きたくなるものである。よく優しい、穏やかであると言われるが、私はそんなにできた人間ではない。ミスが多い故他人のミスは気にしない人間であり、言ったって、他人には他人の生き方があるのに、私程度が口にしてどう影響があるのか。仕事のミスの追求をされるにはまだしも、私生活まで穏やか、優しいに加え、恵まれていると言われるものの、何も話さぬ私の何を知っているのだ。

どこぞの『私』のように「責任者!責任者は何処か!」と叫びたいが、責任者は目の前にいる上、言い分も聞かぬ。ミスや勘違いの経緯を説明しても最後まで聞かぬ。こうなれば人の心を捨て、タイツの静電気や更に痛む腹を圧迫するスカート、絞める上着を脱いで職場で裸踊りでもしたい気分だが、僅かに残る羞恥心が最後に私を引き留めた。正気に戻れば、冬の太陽の君がどう思うかは一目瞭然であった。

せめてもう1人いれば、と思うのであるが、4月から入社した社員は社外秘の書類をメールで送り、趣味の話でもアニメの放映時間の間違えは許さず、しまいには納涼会の飲みものを冷やすプールにダイブするという大変ロックな行動をとった挙句、会社を移動させられた。それでも電話を取ってくれるので、私は大変助かっていた。

自分の鬱憤の吐口を見つけると一気に向かうという人間が世にはいる。

残念ながら、うちの上司はそのタイプであり、その子がいなくなれば、向かうのは私じゃないかと思ったが、実際その通りだった。社長の奥君なので、直接の繋がりが見え、ますます胃が重い。今度就職するときは人事と身内が分かれているところに行きたい。

事務にもう1人欲しいと記述したが、しばらくは無理であろう。全体的に人数不足なのだ。理由は言うまでもなく少人数故1人あたりの業務の負担が大きく、先輩社員がきついことであろう。

せっかく入社が決まった人間がいても、大切な身内が亡くなって辛いはずなのに、「自分が親が亡くなった年は会社に顔を見せるため新年会出ました。」と言われたら、それまで話が合って熱が上がっていたとしても、雪を被せるものじゃなかろうか。こうなれば、氷解スプレーでも溶けぬであろう。目の前の人間が人の心を持たぬ怪物であるかを疑った。その面接が私でなくてよかった。現在ストレスのあまり、倉庫で段ボール相手にカッターを投げつける私であるが、次は怪物相手に投げつけるところであった。無論そのようなことをしたら、新聞沙汰である。人外相手にそのようなことをしたら、人生をつまらぬものにしてしまう。

まだまだ奇妙奇天烈なエピソードが眠る会社であるので、気晴らしに愚痴と共に打たせていただく。

今日のところは求人ページを見ながら、睡眠を取る。嫌な夢が見れそうだ。

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