第1話 通りすがりの女子高校生

 ――人は一体なんのために生き、いつどうやって死ぬのか、そんなことを毎日のように考えながら生活したことがあるだろうか。


 この俺、二十二歳でニートの月城悠人(つきしろゆうと)はある。


 人は『生きる』ために色んな事を学ぶ。

 子供の時は学校へ行き友達を作り、お互いに切磋琢磨し合いながら勉強や部活動に取り組む。そして大人になり、生きるために身に付けた知識や経験を元にお金を稼ぐために働く。

 成功もあれば失敗もある。自分が正しいと思った事が実は間違っていたなんて事もある。選択したしたことが思っていた事と違くて後悔して泣くこともある。

 辛くて前に進めない時がある、それでも進み続けなければならない。悩んでも考えても一度起こった事は一生消えない、それら全て背負って人は生きていくのだ。


――これが俺の持つ『人が生きる』という持論だ。


 人の『死』とは突然訪れるものだ。車に撥ねられる、凶器で襲われる、病気になる、自殺するなど条件は人それぞれだ。そして基本的には痛覚を伴い、予測不能で誰にも分からないものである。

 人に殺される場合、殺された側に害が無かったとは言いきれないが、殺すのは誰でも良かったというケースの方が多いはずだ。

 自殺に関しては例外だ。どんな理由があったとしても、『自ら命を絶つ』、この行為は余程の勇気と覚悟が必要なことだ。


――これが俺の持つ『人が死ぬ』という持論だ。


        *


 突然だが今、俺は自殺するところだ。家にも遺書を置いてきた。

 なぜ自殺するのか、自分の人生が嫌になったから。ただそれだけだ。

 

 二年前、俺は勤めていた建設会社で兄弟子の道具を盗んだ窃盗犯を捕まえた。


 だが、相手が凶器を持っていたため、習っていた空手で対抗し相手をボコボコに殴ってしまった。


 さすがに窃盗犯を捕まえたのだから、ある程度はお咎めなしと思っていたのだが、社長から「暴力沙汰を起こす人間の面倒は見れない」とあっさり切られてしまった。


 家に帰り事情を説明をすると父親は激怒した。俺の父親と母親は病院を経営しており、父親がそこの医院長、母親が副医院長を勤めている。


 本来であれば俺が継ぐ予定だったが俺は人付き合いが苦手で、ましてやそんな堅苦しいことがしたくなかったので断っていた。そして今回改めて聞かれたが俺は勿論断った。


 そのあと最後に父親に言われたのは「継がないなら家を出ていけ」のその一言だけ。


 一人暮らしを始めてから俺は昼過ぎに起床し、食事を済ませた後は特にやることもないので、ひたすらゲームをする生活を送っていた。最初は一人の時間が出来て満足していた。


 だがここ最近になり、自分のやってきた事に対して後悔はしないと決めたはずだったのだが、戻れるならもう一度最初からやり直したいという後悔の念が生まれてきた。


 まだ今ならやり直せると思い、働き始めようと思ったが急に胸が苦しくなる。まるで身体が仕事というワードを拒絶している感じだった。二年前の事件が俺のトラウマとなり気付かないうちに、自分自身を苦しめるものになっていたのだ。


 色んな感情が心の中で入り混じっている。頭の中の整理が付かない状態に陥った。


「俺はこの先、どうやって生きていけば……」


 貯金も底を尽きる、でも仕事が出来ない。

 やっぱりあそこであんなに殴らなければ……いや親父の言う通りに病院を継げば良かったのか……分からない。

 何が正解で何が不正解なのか、全く分からない。俺はどうすればいいんだ。


「もう、いっそのこと、死ぬか……」


 俺の脳裏にその言葉が浮かんだ。死、そんなこと考えたこともなかった。しかし、もう何も分からない。自分の存在価値、今生きている意味、探しても思い当たらなかった。散々迷惑かけてきたんだ、もう終わらせよう……。


        *


 そうして今俺がいるのは橋だ。落ちれば即死、最悪死ななくても下は道路なので車が撥ねてくれるので問題はないだろう。


 俺は橋の手摺に上がった。正直もう躊躇いは無かった。


 俺の感情はもうすでに無に等しかったのだ。

 自殺には勇気と覚悟が必要と言ったがここまで追い込まれるとそんなの無いんだと悟った。

  

「どうせなら、ちゃんと結婚して孫の顔でも見せてやればよかったかな……」


 そんな未練がましい事を呟き、橋から飛び降りようとした時、遠くから女子高校生だろうか、女の子が全速力で走ってくるのが見えた。明らかに一直線に俺の方に向かって来ている。


「ちょ、ちょ!何やってるんですかぁぁぁぁぁぁ!」


 女の子は俺に飛びついて、無理やり橋の手摺から引きずり下ろした。

 息を切らしながら女の子は、じーっとこちらの方を見つめていた。


「で、何してたんですか?あんな危ないとこで」


「何って自殺しようと思ったんだけなんだけど……」


「どうして?」


「どうしてって、死にたいから」


「そうじゃなくって!もう!ほら!ちゃんと理由があるでしょ!自分の人生が嫌になったからとか、自分の存在価値が分からなくなったみたいなのあるでしょ!」


「え、凄い、当たってる。もしかして君は超能力者か何か?」


「そんなわけないでしょ!ただの高校生です!あなた馬鹿なんですか!?」


 この黒髪ストレートロングに、顔は花のように美しく肌は雪のように白くて綺麗な女子高校生に俺は命を助けられた。というか自殺を阻止された。

 のちに、この女子高校生との出会いが俺の人生に大きな革命を起こすことなど、この時は俺は一ミリたりとも思っていなかった。


        *


そして俺は今、助けてくれた高校生と一緒に喫茶店にいた。テーブルの上にはパフェやパンケーキ、フルーツタルトが置かれていた。


「え、これ全部食べていいの?」


「一応、助けて貰ったし何のお礼も無しにさよならもどうかと思って。とりあえず好きなだけ食べて」


 彼女は少し躊躇いつつも、それなら、と小さな声で呟き食べ始めた。が、俺は彼女の食べっぷりに深く感服する事になる。食べ始めて二十分、パフェ二つと二百グラムはあるパンケーキを四枚、そしてフルーツタルトを丸々一つ平らげてしまったのだ。俺の分もあったのだが……と思いつつも満足してくれたなら良かった。


「ねえねえ、まだ食べてもいいですか?」


 俺は流石に言葉が出なかった。こんなにすらっとした子がこの量を一人で食べて更にまだ食べるの。えっと、あなたはあれですか、ギャル曽根の化身ですか、そう思ってしまった。とりあえず、食べたいと言ってるので食べさせてあげるか。


「いいよ、満足するまで好きなだけ食べな」


 そう言うと、彼女は主人を見つけた飼い犬のように喜び、メニューを見始めた。


「すいません!このチーズケーキとこっちのストロベリーパフェとこの期間限定の抹茶のシリーズ全部お願いします!」


 ――おいおい、まじか、こいつ。


 注文した物が全部テーブルに並ぶと彼女は再び勢いよく食べ始めた。周りに座っているお客さんもこちらを見て若干引いていた。俺もそっちの立場ならそうなるだろう。


 しかし、その身体のどこにこれだけの量をしまえるスペースがあるのか、俺には理解できなかった。やれやれ……とため息を付いた時、俺は重要な事に気づいた。まだ彼女の名前すら聞いていなかったのだ。


「そういえば、君、名前は何ていうの?」


「ははえふぇふは?(名前ですか?)」


「食べ終わってから喋れ」


「ひふれうひはひは(失礼しました)」


 だから、口に物入れたまま話すな……。

 ようやく飲み込み、口元についたストロベリーソースを拭き、彼女は答えた。


「そうですね、名前ですか、私は柊日菜乃(ひいらぎひなの)といいます、以後お見知りおきを」


『柊日菜乃か……』


 名前の後ろに変なのが付いていたが俺はあえてツッコまなかった。

 たぶん、この子めんどくさい子だ……。


「日菜乃ちゃん、とりあえずお礼は言っておく。助けてくれてありがとう。そして俺の名前は月城悠人だ、別にすぐ忘れて貰っても構わない」


「いえいえ、とんでもない、悠人さんを助けたお礼としてこんなに食べさせてくれるなんて私はめちゃ嬉しいです!しっかりと脳のどこかに置いておきます。しかし、たまには人助けなんてものも良いですね♡」


 なんか助けて貰ってなんだが、俺の命、軽く見られてね。

 気のせいだよな、脳のどこかじゃ絶対すぐ忘れるよね、責めて片隅くらいは言って欲しかったよ、うん。そして俺はお前がこんなに食べる女だとは思っていなかった。ただでさえ金が無くなってきてるんだ。

 段々と俺の中で彼女に対する好感度が下がり始めてきた。


「で、日菜乃ちゃんはちなみに何歳なの?」


「私は十六歳です!高校二年生です!JK二年目なのです!」


 「どうだ、羨ましいだろう」と言わんばかりに腕を組み、口角を上げ鼻息を少し荒げていた。俺はそれを無視して話を進めた。


「そうか、ちなみに俺は二十二歳だ」


「おお、大人だ。ちなみにお仕事は?」


「俺はニートだ」


「……あ、もう一回お願いします」


「だ・か・ら!ニートだって言ってるだろ!」


「ああ、なるほどなるほど。大体理解しました」


「何をだ?」


「悠人さんが自殺しようとした理由です、大雑把に言えば今の人生に嫌気が差したのでしょう?」


 図星だったので俺は何も言い返せなかった。


「どうして働かないんです?私で良ければ何でも相談に乗りますよ?」


 少し小馬鹿にされた感じがした、俺は席を立った。


「余計なお世話だ!年下のお前に乗って貰う相談なんかねぇよ!」


 俺は会計を済ませ店を出た。店内から心配そうな目でこっちを見る彼女の姿があったが俺は振り返ることなく店を後にした……。 

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