落ちたる天女2

 少女を間近で見た面高は、硬直したように凝視してしまった。

 その容姿はまさに美の化身、としか言い様がない。


「ねえ」

 少女の声が聞こえた。しかし面高は反応できなかった。


 光り輝くグリーンゴールドの髪はセミロングに整えられ、肩をふわりと覆っていた。あまりに繊細な頭髪は空気の流れを敏感に表現している。

 瞳はレッドパープルという珍しい色。凜々さと同時に地上世界への好奇心にあふれてもいる。


「ねえって」

 少女が再び問いかけてきた。しかし面高は反応できなかった。


 そんな中で最大の身体的特徴は、なんと言っても先の尖った耳だろう。ファンタジーものでおなじみのエルフを思わせるが、もちろん彼女は目の前に実在している。


「聞いているの?」

 少女の声が不機嫌を帯び始めた。しかし面高は反応できなかった。


 身にまとうドレスは古代ギリシャの女性が着ていたキトンのようなものだ。前後2枚の布を両肩のブローチと2本のベルトで留めているだけなので、ノースリーブの肩口から腋に至るまで白い素肌が露出している。ベルトはアンダーバストとウエストに巻き付き、豊かな胸元を強調していた。


「あなたが東京の将軍で間違いありませんね?」

 少女が可愛らしく嘆息した。しかし面高は反応できなかった。


 スカート部分はフィッシュテールになっていて、前が短く後ろが長い——それが伸びやかな脚をより長く見せていた。

 足下はシンプルなサンダルのみで、素足の艶やかさを際立たせる。


 体格の良い一流のスポーツ選手が、ただ立っているだけで周囲を威圧してしまうように——外見年齢15歳前後、身長160センチに満たない少女はその美しさだけで全ての人間を黙らせるほどのオーラを放っていた。


 そういう場面に慣れているはずの面高ですら、しばらくは美しさに浸(ひた)っていた。美の束縛から逃れるのに数秒はかかっただろうか。

 面高がなんとか我に返ろうとしたとき。


「姫さま~!」

 という声とともに、一羽のフクロウが少女の肩に止まった。


「今度はフクロウかよ……」

 面高はしゃべる動物に驚いたりしない。将軍をやっていれば言葉を話す動物というのは日常風景だ。


 そんな少年に構わず、フクロウはまくし立てる。

「ゼナ姫、あれほど言ったでしょうに! 現代社会には車道と歩道というものがあると!」


尊林そんりん遅い! 鳥のくせになんで飛ぶのが遅いの!?」

 ゼナ姫と呼ばれた少女は尊林と呼ばれたフクロウと短い口論を終えると、面高に視線を向けてきた。その赤紫色の瞳は非常に艶やかだ。

「——で、あなた将軍なのでしょう?」


「ええ、まあ……そうですけど。すいませんちょっと頭が」

 面高はどう答えたものか一瞬だけ考えた。魔人という生き物は非常に誇り高い。少しでも相手の機嫌を損ねれば、その瞬間からバトルが始まってしまってもおかしくはない。

 かといってその場で小粋なセリフがポンポン思い浮かぶほど、東京の将軍は頭の回転が速くないのだ。


「いやはや拙僧が姫に代わってお詫びする」

 フクロウの尊林が少女の肩に止まりつつ、頭部を素早く上下させた。謝っているようにも見える、と面高は思った。

「——こちらのお方はゼナリッタさま。将軍庁におわすセリさまと同様、選帝侯せんていこうのご息女である。丁重なるもてなしを望む」


 天から降ってきた少女——ゼナリッタは早く話を進めたいのか、尊林に向けて口を固く結んでいた。わがままそうな感じだ。


「え、選帝侯? マジで?」

 思わず素が出てしまった面高をスルーして、フクロウは続ける。

「そして拙僧の名は尊林。ゼナリッタ様の忠実なるしもべ——現代語で言う『魔人の眷属けんぞく』である」


 いわゆる『魔人』は肉体強度から科学技術、そして美しさに至るまで、全ての面において、人類の上位種といえる生物だ。

 核兵器の直撃でもまつげ一本すら焼けず、戦車の主砲が命中しても仰け反ることすらない。トラックがそんな超生物と正面衝突してしまうのは重大事故だ。圧倒的質量差により車体がめちゃくちゃにされてしまうのは確定なのだから。


 魔人の眷属とは、かつて人間だった者が、あるじである魔人から力の一端を与えられて強靱な肉体と長い寿命を得た者たちをいう。


 眷属相手ならまだしも、魔人本人——中でも貴族クラスとまともに戦えば国内に甚大な被害が出る。そのため、できるだけ戦わずに『お帰りいただく』のが人類の基本方針といえた。

 そしてそんな厄介極まりない生物に対応するため設立されたのが将軍庁で、対処に駆り出されるのが公務員である現代の大将軍なのだ。


 魔人の眷属尊林は主の肩にとまりながら羽をパタパタとさせている。

「我らを将軍庁に案内いただきたいのだが——将軍、そちらのおなごは知り合いかな?」


「え?」

 フクロウに促されて面高が振り向くと、へっぴり腰の女子アナがマイクを突きつけてきていた。

「あのー、ちょっとお話いいですか?」

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