第2話 エルカという少年

 門を抜けた先は、文字通りの別世界だった。

 目を凝らしても頂上が見当たらない白亜の巨塔と、塔を中心に建てられた無数の建物。巨塔を囲むかのよう立ち並ぶ建物の数々は圧巻だ。神々の領域でありながら、まるで噂に聞く王都のような大都会だった。

 でも、それ以上に目を引くのは、やはりあの空を貫く白い巨塔。あれこそがバルハの塔。無数の試練の獣たちが犇めくという、バルバドール様の箱庭。


「わぁー……」


 神秘の光景に自然とそんな声が盛れる。殆ど畑しか見たことのない僕にとって、この光景だけで一日中時間を潰せる。

 だって彼処は、数多の英雄たちを生み出した彼等の故郷。それと同時に、多くの英雄譚で語られた舞台そのものなんだ。

 感動だ。本当に感動だ。憧れの英雄たちが生きた場所。彼等の英雄としての故郷。ああ、ずっと見て


「オイッ! こんなところでボサっと突っ立てんじゃねえぞ餓鬼!」

「ふぁぃ!?」


 いきなり後ろから蹴り飛ばされた。酷い。

 何だよぅと思って後ろを向くと、凄い怖そうな人がこっち睨んでいた。年齢は二十ぐらいだろうか。でも顔が厳つい。ムキムキ。めっちゃ大きい。何か凄い不機嫌そう。


「ご、ごめんなさぁい……」


 無理。一言ぐらい文句を言おうと思ったけど怖い。大人しく頭を下げてフェードアウトすることにする。


「オイ待てよ餓鬼」


 捕まった。助けて。


「な、何でしょう……?」

「お前、何しに此処に来たんだ? 商人か? 門の前で突っ立てたってことは、親とでもはぐれたか?」


 ……アレ? これもしかして迷子かと心配されてる? まさかこの人見た目怖いだけで実は良い人?


「え、えっと、一応【獣狩り】に、蛮神様の試練を受けに……。親はいません」

「帰れ」

「ひぐぅわ!?」


 襟首掴んでぶん投げられた。前言撤回。この人はやっぱり酷い人だ。


「な、何するんですか!?」

「何をするんじゃねぇんだよ。さっさと帰れ。獣狩りはお前みたいな餓鬼がなれるようなもんじゃねぇ。ったく、普通に考えたら分かるだろう」

「うぐっ……」


 怖い人に睨まれ、思わず後ずさった。そんな僕の反応に、怖い人は余計に視線を鋭くした。


「良いか? 獣狩りってのは強い奴しかなれねぇんだよ。他の奴らを見やがれ。獣狩りを目指す奴らは一目見て分かる。最低限腕に覚えのある奴らだからだ」


 怖い人の言葉に釣られて辺りを見渡す。確かに門を潜ってくる人たちは、大きく分けて三種類いる。

 一つはなんというか、普通の人。大きな荷物を持っていたり、荷車と一緒に入ってきたりと色々。多分、商人とかそういう人たちだ。

 バルハの塔は、神域だけあって貴重な薬草や鉱石などが取れるという。また試練の獣、【神獣】を倒すと貴重なアイテムに変化したりするらしい。そうした神域特有の宝物を扱う為に、商人たちも日々このバルハの塔に足を運んでいるのだ。

 二つ目は神官様だ。蛮神バルバドール様を筆頭に、多くの神様がこの神域に関わっている。そんな神様たちに仕える神官様たちもまた、この神域には沢山やってくる。

 神域にいる神官様は、人界においての役人様に当たるそうで、この神域特有の施設を運営したり、塔の周りのこの街を取り仕切ったりしているそうだ。

 そして三つ目。これが一番多い、武装してたり厳つい身体をしている人たち。この神域の存在意義、蛮神様の試練に挑む【獣狩り】を目指す人、もしくは既に獣狩りである人たち。

 怖い人の言う通りではある。獣狩りは一目見れば分かる。なんせ明らかに雰囲気や面構えが堅気じゃない。兵士だったり傭兵だったり、もしかしたら騎士様や駆除人ハンターもいるかもしれない。

 ほぼ全員が戦闘に関わっているのは間違いない。


「かくいうオレだってそうだ。マルス流戦闘術の上級を修めてる」

「マルス流! あの戦王マルスが生み出した戦場闘法ですか! わぁあ凄い!! 何か技見せてください!!」

「のわっ!? オイいきなり近付くんじゃねぇ餓鬼!!」

「ひゃう!? ゴメンなさいゴメンなさい!!」

「……何だコイツ」


 やってしまった。英雄が開祖とされる流派と聞いてつい興奮してしまった。直ぐに我に返ったけど駄目だ。怖い人の目が生意気な子供を見るものから、変な奴を見るものになった。

 ただそれはそれとして、マルス流の上級か。実際に見たことはないけど、行商のおじさん曰くマルス流は西の国の方で広まっている流派で、最初は見習いから始まり、下級、中級、上級、特級、皆伝、師範代、師範、戦王と続くらしい。

 階級は厳しい試験を突発することで上がり、上級にもなれば騎士として叙されることもあるのだと聞く。

 つまりこの怖い人は、国を守る騎士様や、人界で魔物を狩る駆除人ハンターに匹敵する実力者ということだ。


「怖い人、凄いんですね……。てっきり英雄譚とかに出てくる噛ませ犬と同じだとばかり……」

「喧嘩売ってんのかクソ餓鬼!! てか誰が怖い人だゴラァ!! オレにはアレックスってちゃんとした名前があるんだよ!!」

「痛い痛い痛い痛いゴメンなさいゴメンなさい!!」


 うっかり思ってたことを口にしてしまった。……うぅ、確かに失礼なことを言っちゃったけど、頭を締め上げるなんて酷いよ。

 僕は年齢の割に小柄で軽い方だし、ムキムキの怖い人、アレックスさんに締め上げられたらひとたまりもないよ。一瞬だけ浮いたんだよ?


「ったく、マジで何なんだお前は。馬鹿なだけじゃなくて失礼な餓鬼だなオイ」

「馬鹿って酷くないですか……? 僕たち今さっき会ったばっかりじゃないですか」


 会ったというよりは絡まれたというべきだけど。


「いや馬鹿だろどう考えても。明らかに素人の癖して獣狩りになりたいだぁ? しかもそのナリで? 餓鬼。チビ。細い。貧弱。鈍臭い。なによりビビり。田舎とかにいる根暗女そのものじゃねえか。それでどうやって獣狩りになれると思ったんだよ」

「あうあうあうあう」

「無理。無茶。無謀。夢見がち。さっさと実家に帰って嫁にでも行ってろ」

「ちょっとそれは聞き捨てならないのですが!! 僕は男ですよ!?」

「はぁっ!? そのナリで男ってマジかお前!?」

「マジですが!?」


 そんな驚くことあります!? そりゃ僕はちょっと平均より小さいし、筋肉とかもついてないけど! 全然子供の頃から顔立ちが変わらないから、未だに近所では小さい子供扱いだったけど! 大人たちが酔った時に娼館で働いたらとか言わたこともあるけど!!


「僕は、立派な、男だぁぁぁぁ!!」

「うっせぇぇぇ!! 急に豹変し過ぎなんだよお前!! マジでさっきから情緒不安定で微妙に怖ぇんだけど!?」

「え、アレックスさんの方が顔怖いですよ?」

「急にまた冷静になるんじゃねえ! てか誰の顔が怖いだ殺すぞクソ餓鬼!!!」

「あうあうあうあう痛い痛い痛い!!」


 また頭締め上げるー!! 痛いよ本当に!! 流石に僕も怒ってきたよ!! 怖さよりもムカつきが勝ってきたよ!?


「というか男なら尚更ダメじゃねぇか!? こんなヒョロくてビビりの癖して、獣狩りとかなれる訳ねぇだろ!?」

「なれますよ!! ……多分……きっと……なれる気がします」

「自分で言ってて半信半疑じゃねぇか!! お前やっぱ帰れ!! 獣狩りなんかなったら絶対死ぬぞ!?」

「死んでも大丈夫なのがこの神域でしょう!? なら大丈夫ですよ!! 蛮神様だって戦う意思があれば強さは勝手に付いてくるって仰ってたそうですし!!」

「お前みたいなチビガリ男女は流石に対象外だろうよ!! 蛮神様とて想定してねぇよ!!」

「なんですとぉ!?」


 この人、本当に言ってはならないことを言ったね!! コレは怒ったよ!! 臆病な僕も怒ったよ!!


「──へぇ? 門の近くで騒いでる者たちがいると聞いて来てみれば、まさか人の子の分際で我らが神の言葉を代弁するなんて。随分と威勢の良い奴が入ってきたみたいじゃない」

「ヒエッ……」


 でも近くで聞こえてきた底冷えするような声に、直ぐに怒りも引っ込んだよ。

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