第4話「雪の日」

雪が積もった深夜、街灯が雪に反射して、狐火に見えた。

四方八方に雪が積もり、世界の原型が解らない。

降雪降雨が無い、白銀の世界での耳鳴りは恐ろしい。何も音が無いのに、耳が音を拾う。聞こえているというより、聞きたくない音を聞かされている感覚。


歩き出すと、途端に自分の現在地が不安定になる。

行先が無いから尚更。

僕は何処へ行きたいのだろうかと自問自答する。


子供の頃に深夜の雪の上を裸足で歩いた記憶がある。

歩いているうちに足の間隔が無くなり、足の底が地面に着いて無い錯覚に陥るのだ。足の下にボールが在る様な感覚。次に膝の間隔が無くなって、一歩踏み出した瞬間に曲がったまま、倒れる。寒いという感覚は最初の内だけで、倒れる頃には寒いのか熱いのか痛いのか悲しいのか怖いのかの区別ができなくなる。


僕は雪が好きじゃない。

連れて行ってくれそうで、いつも連れて行ってくれないから。

思わせぶりな雪白が、忌々しい。


そのうちに降雪がスローモーションみたいに始まって、風を連れてきて吹雪になる。積もった雪も巻き上げて、周囲を真っ白にする。

手を伸ばして見えるのは、自分の手だけ。

見えていたはずのごみの集積所も道路標識も道端のガードレールも側溝も、全部全部見えなくなる。


踏み出して、何処へ行けるだろう。

僕は行きたい場所が無いから、ここから動かないでいるよ。

手を引いて連れて行ってくれるのなら、一緒に行きたいと言えるのに。



「吹雪の夜に、ひとりで外へ出ては駄目だよ」


幻聴だよ。

でもありがとう。

僕は、出てきた玄関に戻るよ。

ありがとう。

幻でも嬉しかったんだよ。

まるで僕を心配してくれているみたいで。


じゃあ、僕は誰かが吹雪の夜に街灯の下で立ってたら、帰ろうねと幻みたいに声をかけることにするよ。


「帰ろう。帰りたい場所はなくても、帰れる場所はあるのだから。今はそれで良いんだよ」


数年前の雪の日の深夜の話。

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