子供にピアノを練習させるのは、自分がするより骨が折れる

緋糸 椎

神童登場

 息子がまだ1歳くらいの頃だろうか。汚れた手でピアノをさわろうとしたので、慌てて止めようとした。

「そんな手でピアノをさわっちゃだめ!」

 しかし時すでに遅し。純白の鍵盤はわが家のケロちゃん(バムとケロという絵本シリーズに出てくるいたずら好きのカエル)の犠牲となり、ギトギトに汚れていった。

 ところが……


 ポロロロン


 ふと息子がキチンとしたメロディーを奏でたのである。も、もしかしてこの子は……僕の頭をよぎったのは、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの生まれ変わり? ということだ。


|| ||| || |||


 それから4年たった。5歳になった息子は人の言葉を充分に理解出来るようになった。すなわち習い事を始めるのに適齢となった。

「ピアノ、やってみる?」

 僕が聞くと息子は「うん」と返事した。それで知り合いのピアノ教師に頼んで、息子のレッスンを始めることにした。


「おばけを呼んでみましょう」

 先生はテルテル坊主を改造した〝おばけ〟をピアノの中に隠した。

「この黒いところを順番に押すと、おばけがこたえてくれるのよ」

 そして黒鍵をソのフラットから順番に弾き、それに合わせて歌った。


ソ♭ ラ♭ シ♭ レ♭ ミ♭


 そうして先生は〝おばけ〟を取り出し、「ここだよー!」と返事する。それを見た息子がキャッキャと喜ぶ。

「じゃあ、◯◯くんもやってみる?」

 息子は見よう見まねで、黒鍵を弾いてみた。


ソ♭ ラ♭ シ♭ レ♭ ミ♭


 なんと、ちゃんとを奏でているではないか、と僕はした。先生は息子の演奏に合わせて〽︎おばけどこ、と歌ってくれる。嬉しそうな息子。家に帰ってからも息子は得意げに「おばけどこ」のメロディーを弾きまくった。

 なんと幸先のよいスタート。これはいける。目をつぶれば、大観衆を目の前にステージ上でピアノを弾く息子の姿が浮かぶ。日本人初のショパンコンクール優勝も夢ではないかも。

 典型的な親バカである僕はそんなことを考えた。もちろん僕はわかっている。それが儚い夢であることを。

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