第1話 大火

「大丈夫だよ。おまえは俺が守るからな」


 少年は言った。彼は怯えた様子で泣く少女をおぶって走っている。

 その少年の名前はシバン。彼の背中にいるのは妹のフィシリエ。シバンは今しがた両親と兄を失い命からがらで幼いフィシリエを背負って逃げてきたのだった。

 背後からは焦げ臭い匂いをのせた風が吹いている。


 涙を堪え、決して歩みを止めることなく進み続ける彼は、死ぬ間際の母親が言った言葉を思い出しながら誓った。


「フィシリエは命に代えても守ろう」


 彼らはと呼ばれる民族の子ども。

 ホンボ人はもともと、熱帯雨林の中央に横たわる大河、ディリ川の北岸で多数の村をつくり暮らしていた。そこにはホンボ人の他にも多くの民族が目立った争いもなく暮らしていていた。

 目立った争いが起きなかったのは、広大な熱帯雨林とそれに支えられた豊かな動植物のために食べ物が豊富だったからだ。


 しかし、ある時に事件が起きる。

 その熱帯雨林地帯は、雨季と乾季を繰り返している。その年も例に漏れず乾季がやってきたが、その年のそれは異常だった。

 乾季でも少しは降る雨は例年の10分の1以下。多くの川が干上がり、樹齢1000年を越えようかという大木も多くが枯れた。


 今まで空をおおっていた木々が倒れたことで熱帯雨林の地面は、容赦ようしゃなく日の光にさらされ数百年、数千年ぶりに乾いた。


 この干ばつは、熱帯雨林の環境を大きく変えたことは言うまでもないだろうが、これはさらに悪い状況を生み出した。


 乾燥した空気。あたりには散乱している枯れ木、枯れ草。森林火災にとってはこの上ない好条件だ。

 そして、乾季が中盤に差し掛かった頃。どこからともなく火がついた。

 またたく間にあたりは火の海となった。そこかしこに立ち上る火柱は木々を焼き、あらゆる命を無情にも奪い去った。


 そして、そこに暮らしていた人々は火災から逃れるように移動をしていた。


 ホンボ人も例にもれず火の手から逃れるべく移動した。

 ホンボ人たちは、はるか東方から流れているため枯れることがなかったディリ川をさかのぼって、東に向かった。途中で同じように逃れてきた他の民族と出会った。が、それは以前のような関係ではなくたがいに食料を奪い合う敵同士。


 多くの争いが起きた。

 幸い、熱帯雨林の中でも特に規模の大きな民族であったホンボ人の一行いっこうは、多少の犠牲こそあれど負けることなく順調に進んだ。あるときは、食料を奪い民族ごとディリ川に追い詰め身投げさせることもあった。しかしそれは生き延びるには仕方がないことだった。


 長期間の移動で疲労が溜まっていたあるとき、彼らは襲撃を受けた。

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