第6話 M

リェースさんは、温かな野菜スープと滅多に口に入らない柔らかい白パンに、自家製だという魔ヤギの発酵乳に野生イチゴの甘煮を添えたものを持ってきてくれた。

誰かに作ってもらう食事は、本当に久々で体よりも心が癒された気がする。

食事のあと、私はリェースさんに東の鉱山から来た事や森の西の街を目指していること。そして、川の付近で背後から魔獣に襲われたこと、何とか討伐して脇目も降らずに走ったことを搔い摘んで説明した。

彼女は、魔獣がここら辺では出会ったら逃げろと言われている魔毒虎ではないかと教えてくれた。

滅多に住処から出ることは無いらしいが、丁度繁殖期なんだそうだ。

私の背中の爪痕には、毒素があったが薄かったことから妊娠中の雌だと予想できると言っていた。

リェースさんは、本当に物知りな人だ。

おしゃべりは少し苦手みたいだけど、ちゃんと答えてくれるから嬉しい。

久々にちゃんとお話が出来る人に出会えたことが、私の心を軽くしていた。

しかし、魔毒虎には申し訳ない気持ちになってしまう。

お母さんだったんだ・・・赤ちゃんがいたんだ・・・

リェースさんに無理を言って、魔毒虎の死体があるはずの場所に連れて行って貰うことにした。

川まではまだ距離のある獣道の脇に、毒虎の死体はあった。

朱色と濃い茶色が混ざったような地に、光の反射で濃い緑に見える黒い縞。

口から見えるのは、短めの尖った毒牙。

死して尚、私を威嚇するような眼光を放つ宝石の様な赤い瞳。

私はそっと、目を閉じて心の中で謝った。

(ごめんね、私も死にたくなかった。貴女と同じで必死だったよ。)

リェースさんと仲良しのお友達だという魔飛び兎のスフェル(男の子)の力を借りて、魔毒虎の解体に取り掛かった。

まだ死体が無事であったのは、リェースさん曰く、単純に幸運らしい。

大抵の魔獣や獣は、死体に敏感で直ぐに食べに来ると言っていた。

もしかしたら、何とか踏ん張って私たちが来る直前まで息をしていたのかも知れない。

お腹の子を必死に守っていたのかもしれないと思うと、生きるためとは言え、やはりやるせない。

兎にも角にも、腹を裂き内臓を取り出して妊娠しているかどうかを確認した。

結果、子供は居た。

まだ暖かく、か細く心臓を動かしている。

リェースさんは、手早く血と膜を拭きとると少し強めに子虎をさすり始めた。

その間の私は、リェースさんに解体を続けるように言われてせっせと皮を剥ぎ、肉を切っていった。

毒牙を丁寧に毒腺ごと外し良い武器になる素材に、瞳は魔力で圧力をかけると宝石のように加工できる素材になる。

私の背中に傷を残した毒爪も、根元の毒腺と一緒に加工すれば毒耐性付与付きの装飾品に人気の素材。

私は、集中して丁寧に解体をこなしていった。

一段落ついて息を吐くと、リェースさんが子虎が一命を取り留めたと教えてくれた。

私がそばに寄ると、そっと腕の中の子虎と何故か一緒に抱かれているスフェルを見せてくれる。

「なんで、君が一緒に抱っこされてるの?」

私が問うと、スフェルは「文句あるのか」とでも言う様に、見つめ返してくる。

ちょっと肝が据わっていてかっこいいけど、全体的に可愛いんだよなぁ。

「スフェル、子虎あたためてる。すぐに冷える。」

リェースさんは、子虎が助かったことに安心したのか興奮したのか、随分と早口で声もさっきまでより大きくなっていた。

なるほど。子虎の体温を下げないために、くっついてるのか。

理解してお礼を言うと、スフェルは大仰に頷く様に目だけを動かしてくれた。

私は、剝ぎ取った毛皮をリェースさんに綺麗に洗浄乾燥してもらってから、子虎を包める様に簡単な袋型に整えた。

その間もスフェルはずっと、子虎にくっついていてくれた。

それに安心したように眠る子虎を見る目がお父さんの様で、スフェルは案外子守の才能がありそう。

スフェルは、言葉を理解してるし感情も出してくる、魔獣らしく力もあるし、リェースさんを大切にしているのが分かる。

少し、リェースさんが羨ましい。

出来ることなら私も、そんなお友達がいて欲しい。

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