第7話:魔術の極致

 偶像ぐうぞう召喚――。

 人々の信仰から生まれた偶像を魔力によって構築し、この世界に実体として生み出す召喚魔術だ。


 半神はんしん半鳥はんちょうの偶像――比翼神ひよくしんアゴラの右ストレートを食らったレグルスは、凄まじい速度で吹き飛び、遥か後方の壁に全身を打ち付けて、ゆっくりとズリ落ちた。


「……君、何者……?」


 口元の血をぬぐいながら、奴はゆっくりと立ち上がる。


「アルト・レイス、ただのD級冒険者ですよ(『結界術』という緩衝材かんしょうざいがあったとはいえ、アゴラの一撃を食らって、すぐに立ち上がってくるのか……見た目よりも、かなり頑丈だな)」


「あはは、バレバレの嘘はやめてくださいよ。さすがにその魔力で、『D級』はあり得ない。リスト・・・に載っていなかったことから判断して……『未登録のS級冒険者』、ですかね?」


 レグルスがわけのわからないことを言っている間にも、アゴラへ大量の魔力を供給きょうきゅうする。


「アゴラ――破城はじょう翼撃よくげき


「ガゥル!」


 膨大な魔力を身に纏ったアゴラが、音速を越えてレグルスのもとへ突き進む。


「うわぁ、とんでもない魔力のこもった一撃ですね。ただ――神螺しんら転生てんせい


 アゴラの翼とレグルスの右手が激突したその瞬間、


「アグ、ォ……ガ!?」


 アゴラの体が急激に膨張し、まるで風船のようにはじけ飛んだ。


「この程度じゃ、復魔十使ふくまじゅうしは倒せませんよ?」


「……やりますね」


 まさかあの比翼神ひよくしんアゴラが、一撃でやられてしまうなんて……。


神螺転生しんらてんせい、『命』に干渉する能力か……。今のはおそらく、アゴラの生命力を体内で暴走させ、自爆させたんだろう。そして……破城はじょう翼撃よくげきをわざわざ右手で受けたことからみて、術式の有効範囲は掌、もしくはその周辺のみ。右手だけじゃなく、左手でも同じ力を使えると考えるのが自然だな)


 敵の術式を分析していると、


「――アルトくんって、召喚士なんでしょう? 接近戦、大丈夫ですか?」


 レグルスが、一足で間合いを詰めてきた。


(速い!?)


 目と鼻の先、触れれば即死の魔手ましゅが迫る。


「――武装召喚・双雷刃そうらいじんゼノ!」


 迅雷じんらいを帯びた双剣を召喚。


 眼前がんぜんの魔手を斬り上げ――そのままの勢いで、レグルスの胴体に太刀傷を刻む。


「~~ッ!?」


 けたたましい放電スパークの音が鳴り響き、奴の体に強烈ないかづちが駆け抜ける。


神螺しんら転生てんせい……ぷはぁ! いやぁ、驚きました。アルトくん、近距離もイケる口なんですねぇ」


「高速再生? いやこれは……『命のストック』か」


「おやおや、まさか初見で見抜かれるとは……。あなた、けっこう面倒くさそうですね」


 レグルスは日ごろから神螺転生しんらてんせいで、自分の命を抽出し、それを常時ストック――今みたく大きなダメージを負った際に使うことで、疑似的な高速再生を可能にしているのだ。


 つまり奴を倒すには、ストックされた全ての命を削り切るか、一撃で仕留めなければならない。


(……厄介だな)


 やはりレグルスは、『S級』クラスの強敵だ。


「しかし、驚かされました。近・中・遠、『オールレンジタイプ』の召喚士なんて本当に珍しい。……なんだか私、胸がドキドキしてきちゃいましたよ。――神螺転生!」


 レグルスが足元の絨毯じゅうたんに触れた直後――命をさずかった幾千幾万もの赤い繊維が、途轍とてつもない速度で殺到してくる。


(攻撃範囲がデタラメに広い……っ)


 普通の召喚じゃ、さばき切ることは難しそうだ。


「――現象げんしょう召喚・麒麟きりん息吹いぶき


 麒麟の息吹は、雲雷山うんらいざんの頂上で、百年に一度だけ発生する『大嵐』。


 俺はその天災を小さく圧縮し、レグルスに向けて解き放つ。


「これは強烈……っ」


 吹きすさぶ烈風は、全ての赤い繊維を蹴散らし、その先にある奴の体を切り刻む。


 だがしかし――レグルスはすぐにその特異な術式を発動させ、コンマ数秒のうちに全快ぜんかい


「うーん……真っ向勝負じゃ、ちょっとばかし分が悪そうですね。少し趣向を変えて、こういうのはどうでしょう?」


 奴はモンスター化した冒険者の体を鷲掴わしづかみにし、凄まじい勢いでこちらへ投げ付けた。


(くそ、なんてことをするんだ……っ)


 召喚で迎撃すれば、冒険者を殺してしまう。

 だからと言って回避すれば、彼らは勢いよくダンジョンの外壁に激突し、そのまま命を落としかねない。


「来てくれ、耳網兎みみあみうさぎ!」


「「「「「きゃる!」」」」」


 俺の召喚に応じて、巨大な耳を持つ五羽の兎が現界げんかい

 彼らは自慢の耳網みみあみを器用に扱い、冒険者たちを全員回収してくれた。


 しかし次の瞬間、


「――その優しさは、アルトくんの弱点ですねぇ?」


 レグルスの満面の笑みが、視界を埋め尽くす。


神螺しんら転生てんせい!」

 

 即死の魔手が、容赦ようしゃなく伸びてくる。


「――簡易召喚・スライム!」


 限界ギリギリまで引き延ばした状態のスライムを、自分の背中と後方の扉に接着せっちゃく


「縮め!」


「ぴゅぃいいいいいいいい……!」


 スライムの伸縮性を利用して、なんとかその場から緊急脱出を図る。


「おっと、逃がしませんよォ! ――神螺しんら転生てんせい!」


 レグルスは壁の煉瓦れんがに命を吹き込み、生きた瓦礫がれきへ変換。

 それをそのまま、一気にこちらへ解き放つ。


かみなりの型・四の太刀――紫電しでん!」


 双雷刃そうらいじんゼノを振るい、なんとか迎撃していくが……。


……っ」


 空中での完璧な迎撃は難しく、右肩と左足に食らってしまった。


「アルト……!?」


「大丈夫、軽くかすめただけだ」


 心配してくれたステラを安心させ、すぐに戦線へ戻る。


「いやぁ、今のはさすがに決まったと思ったんですが……。まったく、召喚士は本当にやりにくい。特にアルトくんクラスの術師となると、まるで奇術師とやっているみたいだ。でも……召喚魔術というのは、普通の魔術に比べて、膨大な魔力を消費する。どうです? そろそろ疲れてきたんじゃないですか?」


「いいえ、まだまだこれからですよ」


「それはそれは、素晴らしい魔力量をお持ちだ(偶像・武装・現象召喚……既にかなりの魔力を使っているはずですが……ブラフを言っているようには見えない。残存魔力にまだかなりの余裕があるのは、おそらく本当なのでしょうね。……魔力切れを狙うのは、あまり現実的ではないかもしれません。少し、削り方・・・を変えてみましょうか)」


 レグルスはしばしの沈黙の後、両手を大きく広げた。


「さぁさぁ、みなさんおたちい! この私レグルス・ロッドが夜なべをしつつ、精魂込めて作り上げた『意欲作』を……一挙大公開! ――神螺転生しんらてんせい!」


 玉座の間の床がゆっくりと持ち上がり、ぽっかりと空いた空洞から四足歩行の――『例のモンスター』が姿を見せた。


「モイ゛……!」


「ウ゛タ」


「イ゛イ゛」


「ヤヨ」


『真実』を知った今、その姿はあまりにも痛ましく……。


「「「……っ」」」


 俺たちはみんな、思わず目を背けてしまいそうになる。


(だけど、これはいったいどういうことだ……?)


 驚くべきことに、モンスターの総数は軽く百を超えていた。


「ラインハルトさん。第七地区には、あんなにも大勢の冒険者がいたんですか……?」


 俺の問い掛けに対し、彼は悔しそうに下唇を噛む。


「いや、そうじゃない。彼らは……第一地区から第六地区の守護を任せたB級冒険者たちだ……ッ」


 やはり第一~第六地区の拠点は、レグルスによって潰されてしまったようだ。


 すると――ティルトさんが突然、その場でペタンと座り込む。


「どうした、ティルト!?」


「あ、あのブローチ……。マシュの誕生日に、あたしがあげたやつだ……。こんなの……嘘だよね……? みんな、ちゃんと助かるよ、ね……?」


 彼女の視線の先には四足歩行のモンスターがおり、よくよくその首元を注視すれば、確かに緋色ひいろのブローチが確認できた。


「おや、お知り合いでもいましたか? お望みであれば、近くまで呼んで差し上げますよ?」


 無邪気な顔・無神経な発言・無遠慮な姿勢――レグルスの全てが、こちらの神経を逆撫さかなでしてくる。


「――みんな、よく聞いてくれ! 王都の優秀な回復術師であれば、モンスター化した仲間たちも、きっと元の姿に戻せるはずだ! だから、絶対に殺すな! 適度なダメージを与えて、四肢ししを拘束するんだ!」


 ラインハルトさんの指示に対し、レグルスは茶化ちゃかしたような拍手を送る。


嗚呼ああ、こんな醜い状態になっても、まだ仲間と言えるだなんて……あなたたちは、本当にお優しいんですね! 人間と人間の美しい絆……私、涙をこらえ切れません……っ」


 奴はわざとらしく「およよよ」と涙を拭った後、会心の笑みを浮かべた。


「ですが残念。モンスター人間は、もう二度と元の体に戻りません! 彼らはもう人間でもなければ、モンスターでもない……全く新しい生命体! これは『絶対不可逆の変化』であり、最高位の回復魔術を使ったとしても、絶対に治すことはできません!」


 みんなの希望を叩き折る非情な言葉が、朗々ろうろうつむがれる。


「レグルス、お前……!」


「いやだなぁ、アルトさん、そんな顔をされたら怖いですよ?(ふふっ、いい感じだ。この子は自分よりも、仲間を傷付けられたときに激怒する。――感情が揺らげば、魔力が揺らぎ、魔力が揺らげば術式が揺らぐ。この調子で、どんどん削りを入れていきましょうか!)」


 レグルスはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、パンパンと手を打ち鳴らした。


「クレアちゃん、ハムストンくん! あなたたちも、お仕事ですよー!」


 今までずっと部屋の奥で控えていた二足歩行のモンスターが、ユラリとこちらへ歩き出す。


(これは……マズいぞ)


 A級冒険者をもとにしたこの二人は、他とは比べ物にならないぐらいスペックが高い。


(モンスター化したA級冒険者二人にB級冒険者約百人。そのうえ、『即死攻撃』を持つレグルス……っ)


 この状況は、かなりヤバイ。


「さぁさぁそれでは、第二ラウンドの始まりで――」


「――愚か者め、無駄に時間を掛け過ぎだ! 傀儡かいらい人術じんじゅつばくッ!」


 ドワイトさんが右手を床に下ろした瞬間、複雑な術式が玉座の間に広がり、


「「「ア、グ……!?」」」


 モンスターと化した冒険者たちが、全員ピタリと足を止めた。


「……これは……?」


「レグルス。貴様の神螺転生の構造を解析し、その操作能力に制限を加える魔術を即興そっきょうで組ませてもらった。腐っても、『元A級のドワイト・ダンベル』! 同じ操作系統の術者に、おくれは取らぬぞ……!」


「即興で……それはまた、器用なことをしますねぇ(この冒険者、ちょっと面倒くさいかもですね……。だだまぁ、一番厄介なのは間違いなく――アルトくんだ)」


「伝承召喚・絶海ぜっかい大瀑布だいばくふ!」


「~~ッ。(この子一人だけ、完全に出力が桁違いなんですよねぇ……っ。一撃一撃が、尋常じゃなく重い……ッ)」


偶像ぐうぞう召喚・幻神げんしんアグノム!」


「これまた強烈……ッ(単純な魔力量だけなら、既にS級冒険者の中でも上位クラス。そのうえ、まったく底を見せてくれない……。アルト・レイス、この子はいずれ大魔王様に届きるかもしれない……ッ)」


「武装召喚・大断剣だいだんけん!」


「容赦がないですねぇ……ッ(しかし、現在はまだ十代の未成熟者こども! 成長し切っていない今の彼ならば、私でも十分にれる……!)」


 三連続の大きな召喚魔術を食らったせいか、レグルスの回復にわずかな遅れ・・が見えた。


 敵の能力は、ほとんど割れた。

 対処に困るモンスター化した冒険者たちは、ドワイトさんが止めてくれている。


 今が、千載一遇の好機チャンス……!


「みなさん、これから一気に畳み掛けます! 俺の・・召喚に・・・合わせて・・・・ください・・・・……!」


『霊』の手印を結び、いつもより多量の魔力を練り込んで――召喚魔術を展開。


「力を貸してくれ、セイレーン……!」


「オォオオオオオオオオ……!」


 清浄な魔力を纏った深海の精霊は、どこまで透き通るような声で歌う。


「これは……なるほど、そういう・・・・召喚獣か・・・・……!」


 いち早くラインハルトさんが頷き、他のみんなもすぐに納得の表情を浮かべる。


 さすがは歴戦の冒険者たちというべきか。

 セイレーンの能力をすぐに理解した彼らは、レグルスを目指して一直線に突き進む。


「おや……まだわかりませんかねぇ? あなたたち如きの出力では、私の結界術は破れな……待て、この魔力は……!?」


「今更気付いても、もう遅い……!」


 レグルスの展開した結界は、断魔剣だんまけんゴウラによって、いとも容易く斬り裂かれた。


「よくもやってくれましたね、アルト・レイス……ッ」


 深海の精霊セイレーンに、直接的な戦闘能力はない。

 ただ、彼女の奏でる歌には、特殊な術式が込められており……その美声を耳にした味方の能力は、全て極大強化されるのだ。


「ちょ、っと……これは、マズいですよ……ッ!?」


 レグルスは苦し紛れに二重の結界術を展開。

 なんとかこの窮地きゅうちしのごうとしたが……無駄だ。


 セイレーンのバフで強化されたみんなの攻撃が、容赦なく奴の身を斬り裂いていく。


「……が、は……ッ」


 レグルスは床に身を投げ出し、荒々しい息を吐く。


(今だ! 神螺転生しんらてんせいで再生される前に、ここで仕留める……!)


 俺が『』の手印を結んだ次の瞬間――血濡れのレグルスが、ゆっくりと両手を合わせた。


「あーぁ……。これはとても疲れるので、あまり使いたくはなかったんですが……。ここまで追い詰められては、仕方ありませんよねぇ……?」


 背筋の凍るような殺気と異常なまでの大魔力が吹き荒れる。


「この感覚は、まさか……!? みんな、この場を離れ――」


 ラインハルトさんの忠告が響く直前、


「――幻想げんそう神域しんいき命々流転郷めいめいるてんきょう!」


 あか彼岸花ひがんばなが、世界を埋め尽くしていく。


「――冒険者のみなさん。無駄な努力、ご苦労さまでした」


 レグルスは余裕に満ちた表情で、勝ち名乗りをあげる。


(しまった……最悪だ……っ)


 幻想神域――それは自らの固有魔術を現実世界に描き出し、浮世うきよことわりを歪める奥義。


命々流転郷めいめいるてんきょうの内部では、俺の召喚はもちろんのこと、みんなの魔術も全て封じられ……。レグルスの神螺転生しんらてんせいだけが正しく機能する……っ)


 場を制し・魔術を制し・戦いを制す、それが幻想神域の真髄。


(これに対抗するには、こちらもなんらかの『幻想系統の魔術』を――『幻想魔術』を使い、相手と同じ舞台に立つしかない……)


 しかし、幻想魔術を会得した人間は、世界でもわずか十人程度しか観測されておらず、彼らはみんな『S級冒険者』。


 レグルスに命々流転郷めいめいるてんきょうを使われた時点で、俺たちに勝ちの目はない。


 ただしそれは――奴の幻想神域が、きちんと完成していた場合の話だ。


「……何故、神域が閉じないのです……?」


 現実世界と幻想神域の狭間――俺はそこで、ありったけの魔力を燃やす。


「まだ、だ……!」


 莫大な魔力を燃焼させ、なんの魔術的要素も持たない『仮想神域』を無理矢理に構築――幻想神域の完成を強引に食い止めた。


「こ、の、化物め……っ。ただの魔力だけで、幻想神域に張り合うつもりですか……!?」


 レグルスは驚愕に目を見開く。


(はぁはぁ……。さすがにこの状態は……かなりキツイな……ッ。だけど、俺がここで落ちたら、ステラやラインハルトさん……冒険者のみんなが、皆殺しにされてしまう……っ。とにかく今は絞り出せ。魔力を……限界を超えて……!)


 俺が死ぬ気で魔力を放出し続けていると、ラインハルトさんがその横に並んだ。


「感謝するぞ、アルトくん。君のおかげで、なんとか首の皮一枚繋がった。後は我々が、逆転の一手を考え――」


「――『逆転の布石』なら、もう打ってあります……っ」


「ほ、本当か!?」


「えぇ、くさび、は……第七地区に突き立てておいた『王鍵おうけん』。はぁはぁ……触媒しょくばいは、この部屋の四隅に飛ばした俺の血。下準備は、既に完成しています……ッ」


「……さすがだ(アルト・レイス、この子はいったい何手先まで考えているんだ……!?)」


「ですから……五秒、いえ、三秒だけで構いません。なんとかして、レグルスの集中を妨害し、『幻想神域の拡張』を止めてください。三秒あれば、アレ・・を召喚できる……反撃の目途めどが、立つ……!」


「あぁ、任せてくれ……!」


 ラインハルトさんは力強く頷き、耳をつんざく大声を張り上げた。


「総員、全魔力を解放し、レグルスに突撃せよ! 出し惜しみは一切不要! 『後』のことなど考えるな! この攻撃が、生涯最期の魔術だと思え……!」


「「「うぉおおおおおおおお……!」」」


 地鳴りのような雄叫びが鳴り響き、最終攻撃が始まった。


魔炎まえん覇弾はだん……!」


だんの型・おうの太刀――神閃しんせんッ!」


人狼じんろう剛術ごうじゅつ――激甚げきじん灰堰はいせきしょう!」


 ステラ・ラインハルトさん・ウルフィンさん・冒険者全員が一丸となって、持てる全ての魔力を込めた総攻撃を敢行かんこうする。


「ちょこざい、な……ッ。――神螺転生しんらてんせい!」


 苛烈な猛攻を受けたレグルスは、たまらず術式を発動させた。


 その瞬間、幻想神域の拡張がピタリと止まる。


(来た……! 正真正銘、これが最後のチャンス……!)


 一秒……。


 王鍵おうけんとの接続を確立。

 玉座の間にえがいた召喚術式へ魔力を充填じゅんてん


 二秒……。


 召喚獣との経路パスを構築。

 後は、手印さえ結べれば……!


 三――。


「――残念でしたァ!」


 次の瞬間、紅い彼岸花が満開に咲き誇り、世界が閉じられてしまった。


「ぷっ、くくく……っ! あーっはっはっはっ! いったい何をするつもりだったのかは知りませんが……全て、徒労に終わりましたねぇ! 幻想神域さえ完成すれば、もうこちらのもの……! 私の勝利は揺るぎません……!」


 レグルスの耳障りな笑い声が、閉じられた世界に響き渡る。


「そん、な……間に合わなかった……っ」


 ステラが膝を突き、


「ここまで、か……」


 ラインハルトさんが目をつむり、


「糞ったれが……ッ」


 ウルフィンさんが奥歯を噛み締める。


 みんなが絶望のどん底に沈む中、


「……え、は……? ぐっ、がぁああああああああ!?」


 幻想神域の天蓋てんがいが無理矢理に引きがされ、レグルスの右腕が肩口から引き千切られた。


「そん、な……。こんな馬鹿なことが……あり得ない……ッ」


「――英霊えいれい召喚・大戦士ヘラクレス」


「グ゛ォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!」


 神代の大英雄が、遥か悠久の時を越えて――今、再臨する。


「レグルス・ロッド。お前だけは、本気で叩き潰す……!」


 敵の切り札は、完全に潰した。

 ここから先は、俺のターンだ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る