第2話 up! up! my Friend ⑧
入学2日目のロングホームルームの時間。
かくして新学期早々の委員決めは、出だしの段階から難航を極めていた。
理由は単純。誰も手を上げないせいだ。
こういう場合、大抵はクラスに一人はいるお調子者タイプか真面目な優等生が矢面に立ちそうなものだが、我が1年4組で前者のポジションに定着しつつある林田球児(はやしだきゅうじ)はその名の期待を裏切らず野球部に入部する予定らしく、学級委員の仕事と部活の両立は難しいとして担任のスガセン(今考えたあだ名)からの打診をあっさりと断ってしまった。そしてその取り巻きたちもほぼ同じ理由でできない、とコピペしたような言い訳で取り付く島もない様子だった。
その言い分ももっともらしい理由に聞こえるが、俺としては釈然としない。それが認められるなら、『学生の本分は勉強』という一般的な共通認識に従って塾や自宅学習に勤しむ生徒の忙しさは認められないというのか、と問い詰めたくなる。
極点な例だが、たとえ塾や部活をしていなくても、かつては家で親の介護や家事、果ては生活費のために下宿の管理までしながら学校の宿題に追われる日々を送っていたみずほ姉ちゃんのような苦学生だっているかもしれない。林田たちは、自分たちの代わりに誰かがその責務を負わなければならなければいけないという事実をもっとよく自覚すべきなのだ。むしろみんなに頭を下げてもいいくらいなんじゃないか? 頭(ず)がたけぇ。
──と、ここまで偉そうにヘイトを募らせているが、俺も林田の立場なら十中八九同じ言い訳をして責任逃れしていたし、他人への配慮なんて微塵も考えたりしなかっただろう。結局のところ俺の個人的感情は『あいつらだけズルい』、『人生充実してそうでムカつく』の二言でしかない。とにかく自分以外の誰かがやってくれれば溜飲は下がるというものだ。ちなみに、立候補してくれる優等生が出現するイベントは、一向にその兆しは見えないまま希望を絶たれた。
そんなぐだぐだした状態が数分経った頃。
教室の空気もあからさまに緊張の糸が切れ、教室ではちらほら話し声が聞こえてきた。
そういえば昨日、小早川が寝不足と言っていたが今日は大丈夫だろうか。
ふと思い出して隣の席をみると、
「は?」
おそるおそる手を上げる小早川の姿があった。
「あ、えぇっと……小早川さん? やりたい、ってことでいいのかな」
「……はい」
自分で確認しておきながら動揺を隠せないスガセンの問いに、小早川はまっすぐ前を向いて答える。
みんなマジかよ、という目で小早川のことを見ている。
俺だって思った。正気かと。
「よし、それじゃあ学級委員は、小早川さんということで。いいよね?」
乾いた拍手が響く。どれもまばらで、みんな遠慮がちに手を叩いているようにも見える。
「この調子でどんどん決めちゃおう。じゃあ委員長、副委員長で指名したい人とかいる?」
「い……いま……」
首を振る小早川。
「えーっと、じゃあどうしよっかな……先に、他の委員から決めちゃおうか」
本来なら委員長が進行を勤める立場であっただろうが、スガセンは遅れた時間を取り戻すかのようにテキパキと他の委員を決めた。学級委員以外は保健委員や図書委員などが無難に人気で、何人か立候補者がいたおかげでスムーズに決まる。本来なら学級委員が行う仕事なのだろうが、それもスガセンなりの配慮だろう。
「で、残るは副委員長なんだけど……」
黒板に書かれた副委員長という文字の横は、いまだに空欄。
「誰か、やってもらえる人はいるかな?」
その一言でざわついていた教室に再び静寂が戻る。委員長よりは心理的負担は軽そうなものだが、やはり誰もやりたがらないようだった。
小早川は、いまだにうつむいたまま自分の手を握りしめている。
「…………」
何で手を上げたりなんかしたんだ。
昨日あんな醜態をさらして、こうなることはわかりきっていたことじゃないか。
お前、これからずっとこんな空気に堪えないといけないんだぞ。
歯痒さのあまり無意識に眉間に皺が寄る。
委員の仕事なんて面倒事、頼まれたってやりたくない。
だが……
「…………」
教室の真ん中あたりの席にいる、みずほ姉ちゃんと目が合った。
一体いつからそうしていたのだろう。何かを訴えるような表情でじーっと俺を見つめ、非難めいた視線をこちらに向けている。
何が言いたいかなんてわかりきっている。俺に副委員をやれってことだろう。
『い・や・だ』
「…………!」
俺は口パクで答えると、みずほ姉ちゃんは面白くなさそうにむーっと頬を膨らませた。
そんな顔されたって困る。一緒に委員の仕事なんてしてみろ。小早川だって、これ以上俺にあーだこーだ口うるさく言われたくないだろうし、俺もいらないお節介をしてお互い嫌な気持ちになるなんてまっぴらごめんだ。小早川がせっかくやる気になってんだから、みずほ姉ちゃんも放っておけよ、と思う。
ところがみずほ姉ちゃんは納得のいかない様子で、おもむろに学生鞄に手を突っ込み、中から何か紙切れのようなものを取り出して俺に見せつけてきた。
いきなりなんなんだ……と、訝しく思いながら目を凝らすと、そのボロい紙切れには見覚えのある汚い字でこう書いてあった。
『なんでもいうことをきくけん』
何でそんなもん取ってあんの⁉
それ小学生の頃にあげたやつだぞ⁉
我が目を疑いたくなったが、その色鉛筆で彩られた雑な紙切れは間違いなく、俺がいつかみずほ姉ちゃんの誕生日プレゼントとして渡したものだった。
みずほ姉ちゃんはダメ押しとばかりに、んっ! とその券を指さす。
顔が引きつる。
普通、そういうのって『そういえばこんなのあったねー、あははー』って笑い飛ばして時効扱いになるようなもんだよね? そうじゃなかったとしても、もっとここぞっていう時のために取っておくためであって、今この状況で使うような代物じゃないよね? 本気で言ってんの? 無理無理、絶対無理。
俺はアイコンタクトでそう訴えながら首を左右に振りまくった。するとみずほ姉ちゃんはぐっと口を結び、やがてしゅんとしたように眉を下げる。
『ウソつき……』
みずほ姉ちゃんが悲しそうな顔で、そう口を動かした。
俺は昔からこうなったみずほ姉ちゃんに弱い。
チラリと横目で小早川の様子をうかがうと、相変わらず所在なさげに肩を落とし、背中を丸めている。
隣でこれだけうるさく動いているのに、俺とみずほ姉ちゃんのやりとりに気付いていないはずがない。それをわかった上で、小早川は俺の方を見ないようにしているようだった。
あぁもう、どいつもこいつも、女ってやつは……!
だから嫌いなんだよ。こういう顔するから。
俺はキリキリと胃が痛むのを自覚しながら、銃口を突き付けられたような気分でゆっくりと手をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます