あなたが今後手にするのは全て私が屑籠に捨てるものです

第28話 エーベルハルトの逆鱗

side．ワーグナー

スフィアがアリエスを公爵家の養女にしないのならアリエスを養女にする家を探せばいい。俺の婚約者だ。階級は伯爵以上が妥当だろう。

そう思って幾つか心当たりのある家に打診を入れることにした。

某公爵家

「はははは。殿下もご冗談が過ぎますなぁ。アリエス嬢を養女にしろなど。私には優秀な息子がおりますし、昨年には孫も生まれました。我が家は安泰ですぞ。他家から養女を取らなくても後継者にはなんら問題ありません」

（訳）自分の後継者は優秀な為、問題のあるアリエス嬢をわざわざ引き取って今から自分の後継者として育てるなど時間の無駄。

某侯爵家

「殿下、アリエス嬢とのご婚約おめでとうございます。まさか殿下が男爵家に婿入りされるとは思いませんでした。身分よりも愛を取るとは素晴らしい純愛ですね」

（訳）公爵家の養女になるという噂だけを信じて勝手に王の決めた婚約を破棄しておいて今更何を言っているんだ。大人しく男爵家に収まっとけよ。

某侯爵家

「申し訳ありませんが私では手に余るお話ですな。殿下に声をかけて頂いたのはとても光栄なことですが、私は分を弁えております故折角の申し出ですが遠慮させていただきます」

（訳）自分ではアリエス嬢を制御できない。その為に起こってしまった出来事に対して責任を負う羽目になるのは嫌だ。自分で何とかしろ。

「どいつもこいつも使えない」

まるでアリエスが悪い。アリエスに問題があるみたいな言い方をする。問題があるのはアリエスではない。スフィアだろ。

スフィアさえアリエスを受け入れていれば、スフィアさえアリエスの借金を帳消しにすれば済むはずなのにあの業突く張りが。

イライラしながら王宮の回廊を歩いていると前からエーベルハルトがやって来た。

アイツの階級は伯爵だったな。

アイツに養女に取らせた場合、婿入りした俺の身分は伯爵になる。王子である俺に相応しくはないがこの際だ背に腹は代えられん。身分など後で父上にお願いしてどうにでもなるだろう。

エーベルハルトは父上の信頼も厚いしな。

「エーベルハルト、お前確か後継者はまだいなかったよな」

「はい、殿下」

「ならちょうどいい。アリエスを養女にしろ」

エーベルハルトは元平民。功績を上げて伯爵位を賜ったのだ。そんな奴に生まれも育ちも貴族のアリエスが養女になり、更には高貴な身分である俺が婿入りをしてやるんだ。

奴の元の身分を考えるとあり得ない幸運だな。きっと泣いて喜ぶに違いない。そう確信していたのにエーベルハルトは笑顔で「それは出来かねます」と宣った。

俺は顔を引き攣らせてエーベルハルトを見る。

「確かに私には後継者はまだいません。今はまだ愛しい人との二人きりの時間を楽しみたいからです。殿下と言えど邪魔をすることは許しません」

「は？」

許さない？こいつは俺に許さないと言ったのか？王子であるこの俺に？たかが伯爵の分際で？元平民の身分であるこいつが？

「お前、婚約者がいたのか？」

「妻です」

そんな話は初耳だ。こいつ滅多に社交界には出ない。どうしてもの時は一人で参加していた。それにこいつにアプローチしている令嬢も多い。

それにこいつは元平民だ。つまり、こいつの妻も平民という可能性が高い。誰もこいつが結婚していることを知らないのも、こいつの妻が社交界に出ないのも全部、辻褄が合う。

ということはたかが平民の女の為に俺の申し出を断ったということか。

「子供はいないんじゃなくてできないんじゃないのか？」

平民の女なんてどんな病を持っているか分かったもんじゃない。

「後継者も作れない無能な女に義理立てをするよりも王子である俺の役に立つ方がはるかに」

「私の妻を侮辱なさるのですか」

何だ。

エーベルハルトはいつもと同じ笑顔を浮かべているのに、全身から冷や汗が止まらない。

一歩、また一歩とエーベルハルトが近づいてくる。

逃げろと本能が何度も警告を出しているのに足はまるで縫い付けられたかのように動けない。

「エーベルハルト」

エーベルハルトの手が俺に触れる直前、ヴィトセルク兄上がエーベルハルトを呼ぶ声が聞こえた。

「エーベルハルト、お前の獲物じゃない」

兄上が何を言っているのか理解できなかった。

ただエーベルハルトの視線と兄上の視線が交わる。それは短い時間ではあったが俺にはとても長く感じた。握り締めた手は汗をかき、重苦しい空気で呼吸も上手くできなかった。

エーベルハルトは兄上から視線を逸らして行ってしまった。一度も俺を見ることはなかった。まるでそこに俺がいることを忘れているみたいに、お前なんぞ視界にも入らないと言われているみたいだった。

たかが伯爵の分際でとは思ったけど、口にすることはできなかった。

「無知とは無敵の代名詞だな。エーベルハルトも逆鱗に触れるなんて俺だって避けて通りたいのに」

「何言っているんですか、兄上は王太子でしょう、たかが伯爵風情に」

「だからお前は無知だと言うんだ。階級なんぞ服と同じだ。その人間の人となりを語るには足りなさすぎる。それとエーベルハルトの奥方が公の場に姿を見せないのは出自の問題じゃない。エーベルハルトのただの我儘だ。愛しい奥方を自分以外の人間の目に晒したくないと言うな」